第02話 我輩 VS. 典型的勇者パーティー

 我城に最初の来訪者が現れた。


 勇者、戦士、魔法使い、僧侶の四人組。

 典型的な勇者パーティーだ。


 我城には基本的に我輩とペットのモフ一匹しかいない。

 だから勇者パーティーは我輩の玉座の間に直接やってくることができる。


 我輩が玉座で脚を組み、その上でフサフサな体毛に覆われたモフをモフモフしていたら、玉座の間の扉がバーンと開け放たれた。


「おまえが魔王だな?」


「頭が高い。口の利き方をわきまえろ」


 我輩がそう言うと、無礼な問いかけをしてきた金ピカ鎧の少年がビターンと床に叩きつけられた。


 彼がこのパーティーの要、勇者である。


 勇者は鼻を押さえながら起き上がり、再び我輩に問いかけてきた。


「失礼ながら、あなた様が魔王様であらせられるのでしょうか?」


 我輩に対して丁寧な口調でしか質問できないよう、我輩は勇者の性質を変化させておいた。


「我輩は我輩だ。我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》であり、いかなる存在も我輩には勝てないのだ」


 我輩が親切に回答してやると、翼を模した柄を持つ両刃の長剣を構えた勇者が、鼻息を荒くして口答えしてきた。


「そんなのやってみなくちゃ分からない。あきらめたらそこで試合終了だ!」


 それに対し、我輩は答える。


「でたぁあああああああ! 二番煎じのセリフをドヤ顔で吐いちゃう奴! あいたたた、漫画に感化されちゃったかなぁ? キミはさあ、他人の真似事しかできないの? 自分の芯とかないの? カッコつけたいなら少しくらい自分のオリジナルの言葉をしゃべりなよ。ま、無理だよね。そんな頭がないから他人のセリフを真似るんだもんね。ねぇー、ボ・ク・ちゃん!」


 勇者は口をパクパクさせ、握った拳を震えさせる。何かを言い返そうにも、どうしても誰かの受け売りの言葉しか思いつかないのだ。

 勇者はうつむいて、言い返すのを諦めた。


「あーあ。勇者、黙っちゃったじゃん! どうすんの、これ」


 黒いローブを身にまとった魔法使いの女が杖で肩をトントンと叩きながらわめいた。


「おまえと勇者は二度としゃべんな」


 我輩がそう言ったので、勇者と魔法使いは二度と口が利けなくなった。


 突然のことに顔を蒼くしてあたふたする二人を尻目に、白い修道服に身を包んだ僧侶の女がズイッと前に出てきた。


「あの、あなたはなぜ人間界を攻めるのですか? 共存はできないのでしょうか?」


 職業と見た目どおりの思想やセリフだが、言葉と行動がまるで一致していないことに気づいていない。

 なんと愚かしいことか。


「おまえらさぁ、ここに来るまでに無害なモフを虐殺してきたでしょ? 今日だけで三十五匹。累計四千二百六匹。無抵抗の相手を一方的に大虐殺した奴らの言葉とは思えないなぁ」


 我輩が指摘すると、僧侶は虚を突かれたような顔をして言葉を詰まらせた。


 あらら、食事感覚でやってきたことが残虐な行為だと初めて気づいたのか。いかに普段から何も考えていないかが知れるというもの。

 ああ、愚か、愚かだなぁ。


 そんな彼女の肩に手を置いてから、最後の一人、戦士が前に出た。

 ゴツゴツの鋼の鎧で全身を固め、腰には長剣、背中には大盾を背負っている。

 重装備だから動きは遅い。


「とりあえず目の前に現れたモンスターは全部倒す。魔族だって民間人を襲うのだから、お互い様だ。これが戦争というものではないか」


 クールぶって前に出てきて言うことがそれか。

 思慮深いつもりか、こいつ。


「おまえさぁ、倒すって柔らかい言い方をしてるけど、殺したんでしょ? そんでもって、おまえらがモフを倒した理由は経験値稼ぎのためじゃん。戦争状態だからとか、世の事情を噛みしめていたわけじゃないでしょ。都合よく言いつくろわないでもらえる?」


 戦士は口をつぐんだ。

 過去の記憶を読まれ、その中で潜在意識を拾われて図星を突かれたのでは口を閉じるしかないだろう。


 そこへ我輩は四人に対して追い打ちをかける。


「あのさぁ、そもそも一人に対してそんな大人数で上から目線で的外れな説教してきて恥ずかしくないの? 結局は我輩が言うことを聞かなきゃ暴力でねじ伏せるんでしょ? それで善人ぶってんのヤバくない? 絶対におかしいよね? だったら余計なこと言わずに問答無用でかかってくればいいじゃん」


 勇者御一行はもはや誰も口を開かない。横一列に並び、黙って各々の武器を構えた。

 彼らの鋭い目つきは正義感というより、恨みのこもったものだった。


「ちなみに我輩ね、そんなおまえたちのこと、ものすごく見下してるよ。あー、嫌だなぁ。おまえたちみたいな雑魚に、我輩がわざわざ手をわずらわせたくないなぁ。モフに戦ってもらおうかなぁ。同族の恨みを晴らすいい機会だしね」


 我輩は膝上のモフを強化して勇者たちの前に投げた。

 つぶらな瞳、肉球みたいな鼻、歯のない小さな口、柔らかい純白の毛で覆われたふかふかの饅頭まんじゅうみたいな体。

 そんなモフが勇者たちに向かって戦闘の意思を示す。


「…………」


「みんな、行くぞ!」


 勇者がしゃべれないので、戦士が代わりに号令をかけた。


 最初に動いたのは勇者だ。

 両手で握った長剣を斜めに振り、間髪入れずに横薙ぎし、勢いのまま振りかぶった剣を渾身の力で振り下ろした。


 モフは風に舞う木の葉のようにヒラリヒラリと勇者の剣筋をすり抜け、勇者の頭を踏み台にして高く跳んだ。


 そこへ魔法使いが杖から炎を放つ。

 炎系最大火力の魔法 《極獄の業炎》である。

 本来、室内で放つような魔法ではないのだが、モフは轟々ごうごうと燃え盛る赤黒い炎をすべて吸い込んだ。そして、それをそのままお返しとばかりに口から吐き出す。


 戦士が魔法使いの前に出て大盾を構えた。

 さらに僧侶が戦士に魔法防御力を高める支援魔法をかける。


「しのぎ切ったか」


 モフの吐く炎がやむと、戦士が膝を着き、溶けかけた大盾を手放して床に転がした。

 僧侶が戦士に回復魔法をかける。


「ぷぅ!」


 モフがひと声鳴いた瞬間、僧侶の腹に大穴が開いた。

 モフが弾丸のような超高速突進で貫いたのだ。


「僧侶!」


 倒れる僧侶に慌てて駆け寄る戦士を業火が襲った。モフが《極獄の業炎》を口から吐いたのだ。

 戦士のいた場所には溶解して赤熱する金属だまりだけが残った。


「ぷぅ!」


 勇者が腰のポーチを左手でまさぐってアイテムを取り出そうとしていたところを、モフが超高速突進で噛みついた。

 勇者の手ごとポーチを食いちぎって飲み込んだ。


「うわぁああああっ! 手がっ、手がぁあああああ!」


 その悲鳴が聞きたくて、我輩は勇者が口を利けるようにしてやった。

 勇者の手首から血が噴き出す様は、ホースの口を絞って放水するようだった。


 魔法を吸収するモフに攻撃をするのを諦めたのか、魔法使いが我輩に杖を向けた。

 そんな彼女にモフがすかさず飛びついて、顔面を覆うようにへばりついた。

 魔法使いは前が見えず、呼吸もできないため、一所懸命にモフを引きはがそうとするが、モフの体毛がハリネズミのようにピンと尖ったため触ることができない。


「助ける……。動くな……」


 勇者が右手の剣を振り上げる。そこへ、魔法使いへ貼り付いたままのモフが体毛を勇者に飛ばす。

 それは無限針。放たれた直後にすぐ毛が生え、それがまた飛ばされる。それを永遠に繰り返すことができる。


 勇者は全身に針を受け、剣を落とした。右腕で顔を覆いながらも全身に針を受け続ける。

 黄金の鎧は朽ち果て、やがて鎧を貫通して針が生身にも刺さる。


 勇者が倒れたとき、魔法使いも倒れた。

 彼女は勇者よりも先に窒息して死んだ。


(貴様、いったい何者なんだ……)


 事切れる寸前の勇者の心のつぶやき。

 彼の体はもはやしゃべれる状態にはない。


 最後の力で我輩を見上げる勇者に、親切な我輩は返事をしてやる。


「最初に言ったろうが。我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》だ。そもそも、おまえごときがこの我輩に口を利くのがおこがましいのだ」


 我輩は最後の仕上げに、勇者パーティーの出身国であるA国にでっかいモノリスを落とす。


 モノリス。それは国の形をした底面を有する高さ二十キロメートルの黒い物体である。

 その物体はいかなる干渉も受け付けない。つまり、それが落ちた土地は完全に使い物にならなくなるのだ。


 我輩は地図パズルをすっぽり埋めるようにA国にモノリスを落とし、A国に存在するすべてを押しつぶした。

 人間はもちろん、動植物も、建造物も、山も川も湖も、すべて押しつぶして消し去り、海抜マイナス一キロの深さまでモノリスが占拠した。


「はい、一つ目」


 今後もこうやって一国ずつ潰していくので、よろしくな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る