第22話 我輩 VS. 転生したら壺だった奴

 我城に来訪者が現れる。


 あと五分くらいで玉座の間に姿を現すだろう。


 ところで、我輩がいつもいる玉座の間は簡素である。

 玉座と扉の間に絨毯じゅうたんが敷いてあるくらいで、絵画も壺も置いていない。


 我輩はそういった装飾品に興味はないのだが、たまには来訪者を歓迎する意図で玉座の間を飾り付けるのも悪くない。


 ということで、我輩はパチンと優雅に指を鳴らし、玉座の間の模様替えをした。


 壁際の窓と窓の間にはマホガニーのチェストが並び、それぞれ黄金の大きな壺を載せている。

 部屋の中央に横たわる深紅の絨毯の両端にはダイヤモンドが隙間なく並んでいる。

 そして天井には豪奢ごうしゃな巨大シャンデリア。


「どうだ、モフ。これで来訪者も我輩の手厚い歓迎に感激の涙を流すだろうな」


「ぷぅぷぅ」


 モフもふさふさの柔らかい体毛を我輩にこすりつけて同意を示している。


「そうだろう、そうだろう」


 そのとき、玉座の間がそろりそろりと開いた。


 両開きの扉を開けた筋肉質の腕の元を辿ると、そこにあったのは宙に浮いた壺だった。茶色で凹凸のある骨董品然とした壺だ。


「おいおいおい、みすぼらしい壺だな。おまえ、場違いだぞ」


 室内に入ってきた壺は筋肉質な腕を中に引っ込めると、ふわふわと浮遊しながら我輩の前へと移動してきた。


「ずいぶんと贅沢ぜいたくな部屋だ。どれだけ人々から略奪してきたか知れる」


「バーカ。これはたったいま我輩が全能の力で無から生み出したんだよ」


 ただの壺が勝手に動いてしゃべったことに驚かれることを期待していた壺野郎は、予想外の我輩の返答に自分がたじろいでしまった。


「全能だと? あんた、何者だ!?」


「我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》だ。だからおまえが転生者だということも、女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で《何でも出せる万能な存在》になったことも知っている」


 こいつは転生するタイミングで女神のギフトを使ったのだが、せっかく人間に転生する予定だったのに、願い方が下手だったせいで壺になってしまったマヌケだ。


 救いと言えるのは、「万能な」を付けたことにより、壺でも浮遊して移動したりしゃべったりすることができる点だ。

 壺だからもろそうに見えるが、自身を硬化できるし、割れたとしても自己修復できる。


「なんだよ、それ。全知全能とか、もはや神じゃないか」


 壺のこもったような声が、真っ暗な穴の奥から響いてくる。


「いや、我輩は神をも超えた存在だ。神は所詮、全知全能どまり。我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》なのだから、我輩のほうが上に決まっているだろ」


 壺はクルクルと上下に回転したり左右に揺れたりして頭を悩ませている様子をアピールしてきた。

 そんなことをしなくても我輩は壺の思考がすべて知れるのだが。


「全知ということは、僕が何をしに来たのかも知ってるってこと?」


「ああ、もちろんだ。自分のことをすべて言い当てられたのだから、全知だけでなく全能も最強も無敵も本当なのだろうと信じたことも見通しているし、それが本当だとしたら自分に勝ち目はないからどうやって逃げようかと考えていることも見通している」


「うげぇ! 見逃してくれない?」


「駄目だ」


 即答した。

 仮に逃げたところで、逃げた先にモノリスが落ちてくるのだ。ここで逃がしたところでまったくの無意味。


「おい、壺。さっき我輩はこの部屋の調度品を『たったいま我輩が全能の力で無から生み出した』と言ったが、これはおまえを迎えるためにやったことだ。その厚意を無下にする気か?」


「そ、そう言われちゃうと……帰るわけにはいかないよなぁ」


「だよな」


「でもさ……厚意を向けてくれた相手を攻撃するほうが失礼じゃない?」


「我輩は歓迎するぞ。それを返り討ちにするのが楽しみでおまえを待っていたのだからな」


「えぇ……。それって、僕があんたに礼を尽くす必要なくない?」


 やっと気づいたか。

 そもそも我輩は壺野郎を場違いの骨董品としてさげすむために玉座の間を模様替えしたのだ。厚意なんて欠片もない。


「礼を尽くす必要なんてないぞ。おまえは我輩に何を言われようと好きにすればいい。ただ我輩はおまえを決して逃がさないし、おまえの命運はここで尽きる。ただそれだけのことだ」


「なるほど……」


 壺はクルクルと上下左右に回転して腹をくくった。


「十五分やる。好きなだけ攻撃しろ。十五分後におまえを壊す。完全にな」


 我輩のこの宣告を受けると、壺はすぐさま我輩への攻撃を開始した。

 ちなみにペットのモフは一旦消した。


 壺が口から出したのは、重そうな機関銃を装着したロボットアームだった。三本ある。

 黒光りする三つの銃口をすべて我輩に向けると、いっせいに銃弾を我輩に撃ち込む。

 たっぷり三十秒ほど爆音をき散らしたが、我輩には傷一つ付けられなかった。


「効いてないぞ」


「まだまだ!」


 今度は極太の砲筒がニョキッと壺口から出てきて、そこから巨大砲弾が発射された。

 見事に我輩に着弾して大爆発を起こすが、やはり我輩の体は傷一つ付いていない。それどころか安そうなシャツにシミの一つも付かない。


「次どうぞー」


「くっ!」


 次の攻撃は核爆弾だった。細長い卵のような形のそれが壺口から飛び出して、床に落下した。

 その瞬間、玉座の間が苛烈な光と熱と音で満たされた。


 もちろん、我輩にはいっさいのダメージが入らない。

 壺のほうはというと、耐核爆発用の黒い箱に身をひそめていて、爆発が治まった頃合いにひょっこり顔を出した。


「効いてないぞ」


 ま、シャンデリアやら黄金の壺やらは吹き飛んだがな。


「そうかい。これならどうだ!」


 壺は透明な超耐熱シートを出してそれを自分に巻きつけ、それから口を床に向けてマグマをドバドバと落としはじめた。

 玉座の間は窓ガラスも含めて絶対無敵状態にしてあるから、マグマであろうと焼けも焦げもしない。

 当然、我輩にもダメージはないし、何も感じない。


 我輩はさっきから微動だにしていない。

 我輩はくしゃみなどしないが、もしくしゃみをしたとしたら、こいつの攻撃を受けるよりは体が動きそうだ。


 マグマは部屋にどんどん溜まっていき、ついには玉座の間を完全に満たしてしまった。


 壺にとって視界が悪いので、我輩は親切心でマグマを消してやった。


「我輩は焼けないし窒息もしないぞ」


「じゃ、じゃあ逆を試してやる」


 今度は口から液体窒素を吐き出してくる。白いモヤモヤを我輩の頭上に一所懸命にふりかけてくる。


 当然、我輩はダメージを負うどころか寒ささえ感じない。


 それを悟ったか、液体窒素を蒸気に切り替えた。その中にはいろんな細菌が含まれている。

 我輩は呼吸をしないことも可能だがあえてそれらをすべて吸い込んでやった。


「体内で滅菌したぞ」


「そんな……打つ手なしだ……」


「残り一分」


「くっそぉおおおっ!」


 きびすを返したかのように反転し、部屋の入口へと高速で飛んだ。

 壺の中から二本の太い腕がニョキッと飛び出して扉を引く。

 しかし扉はビクともしない。


「まだ一分あるのに我輩の打倒をあきらめたか。逃げても無駄だぞ」


 マグマでも核爆発でもビクともしていないのだから、壺が自由に開けられるはずがない。

 当然、窓も割れない。


 壺は腕を引っ込めて、その口から黒い影を伸ばして四角い板状にした。

 それはワープゲートだ。魔法的な力を使って逃げようというわけだ。

 壺がそこへ突っ込む。

 しかし壺はワープゲートを素通りした。


「はい、時間切れ」


 その瞬間、浮遊する壺は原子まで分解された。

 原子まで分解されれば、そこにはもう物質としての元の性質は欠片も存在しない。

 彼は壺ではなくなったし、壺の素材ですらなくなってしまったので、もう修復のしようがない。


 もっとも、我輩にかかれば修復能力やら万能の性質やら自体を消し去ることも可能だが、それをせずとも滅することが可能なので、それを実行してやったまでだ。


 我輩は壺の出身国であるU国に、国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落とした。

 マグマを落とすよりは優しいだろう。感謝してほしいものだ。

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