第19話 我輩 VS. 何度でも願いを叶えられる者

 我城に来訪者が現れた。


 今度の来訪者はいいように言えば冒険者、悪く言えば無職の一般人。


 転生したその足でここまでやってきたので、麻のシャツに麻の短パンというキャラクリの初期状態のような格好をしている。


 ボサボサヘアーでタレ目のこの男は、女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で《何度でも願いを叶えられる力》を願い、それを手に入れた。

 たった一つの奇跡を無限に増やすという、誰しも一度は考えるであろう願いを実際に叶えたわけである。


「やあ、兄弟」


 男は右手を軽く挙げて我輩に呼びかけた。


「無駄だぞ。おまえが我輩を殺しにきたことは知っている。そして、おまえが願いの力で生み出したサポート型自動並列思考のアドバイスで、分が悪いことが分かったからフレンドリーに接してみたことも知っている。我輩が情にほだされておまえを受け入れることはない。そもそも、格下のくせになれなれしくするな」


 こいつは《何度でも願いを叶えられる力》を有しているが、全能である我輩の完全下位互換でしかない。

 いちいち願う手間を挟むから行動が遅いし、そうでなくても無敵で絶対優位の時点で我輩にはいっさいの攻撃が通じない。

 なんなら《何度でも願いを叶えられる力》を消すことだってできる。


 もちろん、こいつが願いの力で我輩の力を消すことはできない。我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》であり、無敵や絶対優位の部分がそれらの願いを無効化するからだ。


「《全知全能最強無敵絶対優位なる者》って、ズルくない?」


「おまえに言われたくはないな。それに、我輩だってリスクは冒した。もし我輩より先に《全知全能最強無敵絶対優位なる者》がいたら、我輩は矛盾の発生原因となって消滅していたのだ。おまえは運よく消滅する願いを叶えなかったが、《全知全能最強無敵絶対優位なる者》になるという頭脳も持っていなかったということでもあるのだから、結局は我輩に勝てる道理など初めからなかったのだ」


 我輩が誰よりも先に《全知全能最強無敵絶対優位》な存在になったことで、後から我輩と同等もしくはそれ以上の存在になることは絶対に不可能になったのだ。

 我輩に勝てる者は絶対に現れない。


 もしこいつが《何度でも願いを叶えられる力》に《例外なく》や《絶対に》などと付け足していたら、我輩の存在との矛盾が生じてその時点でこいつは消滅していた。

 そこまで考えが及ばなかったことは、こいつにとって幸いだったと言える。


 男は肩を落としてため息をついた。

 どうあがいても我輩に勝てないこと、自分には死が待つことをもう受け入れている。

 願いの力で自分の知能も高くしているから、状況を飲み込む能力が高いのだ。


「なあ、いくつか質問させてもらってもいいか?」


「三つまでなら答えてやる」


 数を制限しなければこいつは延々と質問を続けて自己延命を図ることは分かっている。

 こいつの女神のギフトの使い方にもその性格は表れている。


「三つか……」


「ちなみにおまえの余命は十五分だ。三つ質問しなければ殺されないなどと思うな」


「俺の心を読んだな? やっぱ全知ズルい!」


 そう言いつつも、こいつはすぐにサポート型自動並列思考とどんな質問をするか脳内で相談しはじめた。


 並列思考のほうは世界の真理について尋ねてはどうかと持ちかけるが、男は我輩を倒せないまでも最も追い詰めた存在になりたいと、別の提案を要求した。


 男は質問を終えるまでに十五分の猶予があるのをいいことに、《何度でも願いを叶えられる力》で我輩が死ぬ条件という情報を仕入れた。


 我輩が死ぬ条件はただ一つ。我輩が全能の力をもって自死すること。


 男は我輩にそんなことをさせるのは無理だと悟り、今度は願いの力で我輩が消滅する条件の情報を仕入れた。

 そして、我輩への質問を決めた。


 わざわざ質問しなくても願いの力を使えば全部知ることができるが、どうせ余命は十分を切っているので、問答を楽しむことにしたのだ。


「一つ目の質問だ。あんたは《全知全能最強無敵絶対優位なる者》であるからこそ、そこに矛盾が生じたらあんたでさえ消滅してしまうようだが、俺があんたを自己矛盾するよう誘導すれば、俺はあんたに勝てるんじゃねーのか?」


「答えてやろう。おまえが我輩を誘導した場合、矛盾の発生原因の候補として我輩とおまえとがいるわけだが、我輩は絶対優位だから、おまえが発生原因となっておまえが消滅する」


「二つ目の質問だ。もし誰も誘導せずにあんたが自己矛盾した場合なら、あんたでも消滅するのか?」


「そりゃあするとも。だが我輩は消滅した後に改めて誕生するよう設定しているし、そもそも全知である我輩は何をすれば自己矛盾になるかすべて知っている。全知全能ゆえに我輩はそんなミスをしない完璧な存在なのだ」


 残り五分。


 もう男はどうあがいても我輩に勝てないことは理解している。


「なあ、兄弟。せっかく十五分という時間をもらったんだ。その時間いっぱい、ダメ元でいろいろ試していいか?」


「構わんぞ」


 つまりこの男は、余命の残り五分間、我輩に一方的に攻撃をし続けてもいいという了解をとりつけたわけである。


 この男はなれなれしく無礼ではあるが、いままでで最も賢明な女神のギフトの使い方をして、まっすぐ我輩の元へと使命を果たしに来た。

 それに免じて最後の質問という名の要望を呑んでやることにしたのだ。


 ついでにこいつのことは勇者と呼んでやることにしよう。

 これまでにも勇者は多く来訪していたが、これまでの来訪者たちは自称勇者だったり、職業としての勇者だったりした。

 だがこいつのことは我輩が自ら勇者と呼称してやったのだ。ゆえに、こいつが我城へ訪れた最初の真の勇者と言える。


 勇者は時間を無駄にしまいとさっそく動きだした。


「絶対に何でも切れる剣が欲しい!」


 勇者の掲げる手に、銀色に輝くロングソードが出現した。

 我城に来る前に願いの力で身体能力を大きく向上させていた勇者は、剣を手にすると刹那のうちに我輩に肉迫した。


「どりゃあああっ!」


 玉座に座っていた我輩はヒラリと上体を傾けて剣をかわした。

 玉座の背もたれが床に滑り落ちた。


 勇者は手首を返し、振り下ろした剣を今度は横にぐ。

 一秒もない刹那の出来事であるが、我輩は海中を踊るクリオネのごとくピョンと跳ねて剣の間合いから外れた。


 何でも切れる剣があっても当たらなければ意味がない。

 頭の回転も高速化している勇者はすぐにそのことに気づき、すぐに追加の願いを叶える。


「この絶対に何でも切れる剣が必ず相手に命中するようにしてほしい!」


 勇者が剣を突き出してきた。グイッと高速で迫る。

 勇者の剣は、剣の腹が我輩の手の甲をかすめて通り過ぎた。


「触れはしたな。切れる部分ではないが」


「これならどうだ! この絶対に何でも切れる剣が必ず狙った場所に命中するようにしてほしい!」


 勇者が再び剣を横薙ぎに振る。

 剣は我輩の腹を切ったが、剣が通り過ぎた瞬間に体が再生した。

 これでは剣が体をすり抜けたのと変わりない。もちろん、我輩は痛みなど感じない。


 勇者は手段を変えた。


「必ず標的を焼き尽くす火炎魔法を使いたい!」


 勇者が手を我輩に向けて手をかざす。炎が我輩の体を包んだ。

 しかし我輩はたとえ灰になろうと再生するし、灰さえ残らなかったとしても再生する。


「標的を異次元に飛ばすワームホール!」


 異次元旅行した我輩はすぐに戻ってきた。


「存在を完全消滅させるブラックホール!」


「それは無効だ。これまでは無敵という概念を拡大解釈してあえて受けてやったが、それを受けると無敵の定義から完全に外れる」


 無敵は無敵でも、いっさい傷つけられないだとか、どんなに傷つけられても再生する不死だとか、その定義はさまざまだ。

 全能である我輩はその定義を自在に変えられる。

 基本的に我輩の無敵は傷もダメージもいっさい受け付けないのだが、今回だけ無敵の定義を緩めて勇者の攻撃が通るようにしてやっているのだ。


 残り一分。


「《全知全能最強無敵絶対優位なる者》をその能力を得る前の状態に戻してほしい!」


「それも無効だ。絶対優位である以上、我輩が劣勢になる状態にはなり得ない」


 我輩の能力を消すたぐいの願いはすべて無効となる。


 そして、残り三十秒。


「えっと、えっと……」


 勇者は己の死に様を知りたがった。

 しかし願っている時間はない。

 死ぬならせめて楽に死にたいと思ったのだ。


 だがそんな奴が楽に死ぬことは逆に我輩が許さないだろうと気づき、勇者は考えを改めた。


 残り十秒。

 勇者は最後の願いを口にした。


「ド派手な自爆攻撃!」


 勇者は自らの体を大爆発させた。

 玉座の間は業炎に満たされた後、色鮮やかな光がいたる所でビカビカとまたたいた。


 当然、我輩もペットのモフもバリアで無傷である。


「ふぅ。さてと……」


 その後、我輩は勇者の転生地であるR国に、国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落としておいた。

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