第25話 我輩 VS. 天才の双子
我城に来訪者が現れた。
今回は二人。
女神のやつ、だんだん後がなくなってきたものだから、今回は二人まとめて転生させやがった。
もはや誰かが死ぬのを心待ちにしていて、女神と呼ぶより死神と呼ぶほうがしっくりくる。
すべては暴虐の限りを尽くす我輩を排除するためであるが、元はと言えば、我輩を生み出すキッカケを作ったのは女神なのだ。自業自得もいいところだ。
さて、その二人の来訪者だが、前世で天才と呼ばれた双子の兄弟である。
兄は国際数学オリンピックの金メダリスト、弟は国内の様々なクイズ大会で優勝という華々しい実績を持っている。
「あなたがこの城の主ですか?」
玉座で頬杖をつく我輩に兄のほうが尋ねてきた。
兄のほうはゆったりとした白いローブに身を包み、身長ほどの長さのある魔法の杖を持っている。
天才がいかほどのものか、ちょっとばかし問答を楽しもうではないか。
「そうだよ。我輩の城に勝手に入ったことを
「いえ、あなたが我々の標的かどうかを確かめたかっただけです」
「じゃあ我輩の城に勝手に入ったことは詫びないの?」
「詫びません」
「なぜ?」
「これから命を奪おうという相手に礼を尽くす必要がありますか? 今後の関係性を考慮する必要がないのだから、礼を尽くすのは無駄だと思いますが」
「おまえ、さっき我輩に質問したよな? 『あなたがこの城の主ですか?』って。礼を欠いておいて質問に答えてもらおうなんて虫がいいんじゃない?」
「しかしもう答えはいただきました。これ以上質問することもないので、やはり礼を尽くす必要はありません」
「我輩が時間を戻したら? 我輩だけが記憶を維持し、おまえたちの記憶は戻す。そしたらおまえの礼儀知らずの態度に立腹した我輩が、さっきのおまえの質問に答えないかもしれないぞ」
「ほうほう、それはたしかに困るかもしれませんね。しかし、この議論もあなたと私の争いの一部と考えた場合はどうでしょう。全知のあなたならご存じでしょうが、私は《絶対勝利の賢者》と呼ばれており、争いには必ず勝つことができます。つまり、すでに標的であるあなたとの争いが始まっている以上、時間を戻そうとも私はあなたに必ず勝利できるのです」
こいつの言うとおり、我輩はこいつの能力を知っている。
こいつは女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で《絶対に勝利する存在》になった賢者だ。
女神に我輩の情報を聞いていて、《全知全能最強無敵絶対優位なる者》である我輩に勝てるであろう力を願って手に入れたのだ。
「ふむ。時間を戻そうが戻すまいが結果が同じなら、時間を戻すのは無駄な手間というものだな。そんなに自信があるなら、さっさと《絶対勝利》で我輩に勝ったらどうだ?」
「言われなくともそうしますよ」
そう言った兄の袖を弟が引っ張った。
「兄さん、念のために一緒にやろう」
弟のほうは全身に貼り付くような黒ずくめの格好で、暗殺者を想起させる格好だった。
背中の腰の辺りに黒いコンバットナイフを身に着けているほか、いくつかの暗器を隠し持っている。
長髪タレ目の兄に対して弟は短髪吊り目で、同じ天才だがとても対比的な兄弟だ。
「いや、ここは私一人でやる。それで駄目なら二人でかかればいいさ」
兄は弟の手を払い、両肩を手でゆっくり押して後退させた。
そして我輩のほうへ向き直り、宣誓するかのごとく声を張った。
「私はあなたに勝利する!」
それは争いを強制的に決着に持っていく言葉。
そして勝敗が決するとき、絶対勝利の賢者は必ず勝利する。
「うぅ!」
長い杖を手放した手が胸を押さえる。
苦しみだした兄に駆け寄り、弟が容態を診る。
しかし症状が分かるはずがない。
兄は単に心臓が止まったのだ。いわゆる心臓麻痺。
「貴様、何をした!」
「そいつの勝利の認識を死ぬことにすげ替えてやったのだ。そいつは勝利する。死ぬことによってな。あーあ、悔しいなぁ。我輩、負けちゃったなぁ、そいつの中で。ま、当然ながら我輩の中では我輩の勝利だが」
絶対勝利の効果は絶大で、兄は弟に何の言葉も残すことができずに息絶えた。
「くそっ! だから言ったのに。なんでだよ、兄さん……」
弟が拳で床を叩いて涙する。
それを見ても何も感じない我輩であるが、気まぐれで兄の名誉を守ってやることにした。
「おまえの兄貴はおまえを必要としなかったわけではないぞ」
「どういうことだ?」
「もしおまえが一緒に我輩に挑んでいたら、おまえも兄貴の絶対勝利に巻き込まれて死んでいた。おまえの兄貴は万が一にもおまえを巻き込まないようにと一人で挑んだのだ。賢明だったな」
弟は我輩の自信満々な様子を見て漠然とした不安を抱いていた。一方の兄も弟と同様に漠然とした不安しか抱いていなかったが、そこで勝利が実質的な敗北となり、それが致命傷となる可能性まで考慮していた。
兄は後のことを託すために一人で犠牲となる覚悟だったのだ。
もちろん、それは万に一つの可能性を考慮してのことであり、勝利を得る自信は十分にあったのだが。
「さて、次はおまえだな」
黒ずくめの弟は立ち上がって我輩と対峙した。その強い眼差しには殺意がみなぎっている。さっきまでとはまるで雰囲気が違う。
もっとも、それはさっきまで楽観視していたという愚かさの表れでしかないが。
「あんた、僕のことも知っているんだろ? 僕に勝てる気でいるのか?」
こいつの自信には確かな根拠があった。
なぜなら、こいつは完全に我輩だけを狙い撃ちした能力を持っているからだ。
こいつは女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で《無敵の存在に対して絶対的な超越者》になった。いわゆる《無敵メタ》というやつだ。
無敵でない相手にはからっきしだが、無敵の存在が相手になったときだけは超絶強者となる。
具体的には、無敵の存在のあらゆる能力を無効化し、無敵な存在を消滅させる能力を有する。
「あたりまえだ。逆におまえは我輩に勝てると思っているのか?」
「当然だ。兄さんは誰に対しても強い万能の力を選んだけど、僕はあんただけを狙い撃ちした力を選んだ。あんたを
まるで復讐者だな。まあ、いまは実際に復讐者でもあるのだが。
しかし転生時点で会ったこともない我輩にそれほどの敵意を向けるとは、嫉妬とは醜いものだ。
天才兄弟は兄弟でありながら親友で、そしてお互いがライバルでもあった。
しかし転生時に我輩のことを聞かされたとき、兄は我輩のことを弟以上に手ごわい相手だと考えた。そのことに弟は嫉妬したのだ。
「どうでもいいよ。残ったほうには興味ないから、さっさとして」
弟はギリリと歯を鳴らし、腰のナイフを逆手に掴んで我輩に飛びかかってきた。
「後悔しても遅いからな! 滅多刺しにしてやる」
弟を
弟はそう思っているが、実際には単に我輩が何もしていないだけである。
「うおらぁあああああっ!」
コンバットナイフを大きく振りかぶって、そして振り下ろす。
――カンッ!
べつに装備が強いわけではない。我輩はペラペラのTシャツしか着ていない。
「おらっ、やぁあっ、はっ、どりゃ!」
何度やってもナイフは弾かれる。
しまいには順手に持ち替えて両手で握り、助走をつけて突進してきた。
それでもナイフは弾かれる。
「なぜだ……なぜ……?」
「おや? 天才が聞いて呆れるなぁ。兄貴ならすぐに気づいたかもなぁ。教えてやろうか?」
「くっ……。頭に血がのぼっていた。いまの僕には分からないから教えてくれ」
「愚かな弟を持つという兄の汚名は免れたようだな。いいだろう、教えてやる。我輩はいま、一時的に無敵ではなくなっている。全能の力をもってすれば、我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》でなくなることも可能なのだ。無敵ではないから《無敵メタ》は発動しない。それに無敵でないと言っても最強ではあるわけで、我輩には物理攻撃も魔法攻撃もほぼ効かない」
「なるほど。だがそれは隙ではないのか? 僕が敵わなくても、無敵でない瞬間を誰かが狙えば――」
「我輩に隙はない。全知なのだから、無敵でない間に我輩を倒し得る攻撃を誰からもされないことは知っている。もちろん事故の可能性も同じだ」
争いは終わった雰囲気になっているが、こいつは我輩を滅多刺しにすると言った。直接手で触れれば無敵の存在を消滅させられるのに、である。
わざわざ我輩を苦しめようとしたことに対し、相応の報いを受けてもらう。
我輩は弟のナイフの刃の部分を掴んで奪い取り、その柄の部分を弟の胸に突き刺した。
持つほうと刺すほうが逆だが、我輩の圧倒的な力によって丸棒状の柄は弟の胸の皮膚や肉を裂き、深くめり込んだ。
「ちなみに、無敵を一時的に消さずとも我輩は勝てた。絶対優位だから《無敵メタ》よりも我輩の無敵が優先されるし、そのうえで全能だからおまえの《無敵メタ》を消すことだってできる。それができる状態にあるからこそ自分の無敵を一時的に消すこともできたのだ。それと、兄貴の絶対勝利も消そうと思えば消せた」
弟は最後に言葉を遺すことなく力尽きた。
我輩は天才兄弟の死体を苛烈な炎で焼いて灰も残さず消し飛ばした。
それから、兄弟の出身国であるX国に、国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落とした。
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