第26話 我輩 VS. クラスごと転生

 我城に来訪者が現れる。その予定である。


 この予定には一つの面倒な点がある。来訪者の数が多く、しかもタイミングがバラバラなのだ。

 我輩は全部を待つ気はない。数人程度を相手にして、飽きたらそこで打ち切らせてもらう。


 そもそもなぜ多くの来訪者が現れることになったかというと、女神のやつがいよいよ後がないからと、大量に転生させやがったのだ。某高校の一クラス丸ごとである。


 女神は食中毒が起こりそうな地域に目をつけ、その血走った目をランランと輝かせて観察していた。

 そして某高校の某クラス全員が食中毒死を遂げた瞬間、喜々として彼らを転生させた。


 女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》を得た生徒たちは、各々で願いを叶えた。

 中にはなかなか決めきれず、ずっと悩んでいる者もいる。


 そして彼らは、我輩を討伐することを念頭に置きつつも、マイペースに異世界生活を満喫している。


 さて、転生者は教師を含めて四十一人であるが、これだけいれば中には変な奴もいるものだ。

 そして、変な奴ほど行動が早かったりする。


 最初に我城を訪れたのは男子生徒だった。

 赤い髪をビジュアル系バンドマンばりにツンツンに逆立てている。

 第二ボタンまで開けた学ランの下には真っ赤なシャツが顔を覗かせる。


 典型的な不良っぽい見た目をしているが、中身はまったく典型的なそれではなく、真面目な生徒からだけでなく不良たちからも敬遠されるような奴だ。


 そんな奴が、腹をすくうような形で右手を曲げ、左手を背中側に曲げてお辞儀をした。


「はじめましてぇ」


「望みどおり、おまえが一人目だ」


 こいつは女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》を《クラスの誰よりも最初に標的の元へたどり着きたい》という些細な願いに使った。

 その結果というよりは、こいつが転生後にまっすぐ我城に向かってきたからこその一番乗りだった。


「で、おまえは何をしに来たんだ?」


 訊かずとも分かっていることだが、こいつに用件を言わせてさっさと話を進めるために訊いている。


「わたくしを、あなた様のそばに置いてくださいませんでしょうかぁ? わたくしは常々、死や滅びというものを何よりも芸術的でとうといものと考えているのですぅ。そんな折、あなた様の所業を耳にして、わたくしは天啓を得た心地でした。あなた様はすんばらしい! 最高ですぅ! ぜひあなた様の所業をわたくしめにも鑑賞させていただきたくぅ」


「死が尊いなら死ねば?」


「もちろん、自分の死も尊いものですぅ。しかしわたくし、死んでしまうともうそれ以上の死を見ることができなくなるのですぅ。しかーし! もしあなた様に死を与えていただけるのであれば、これ以上ない喜び。ああ、わたくしも芸術に連なる作品の一部になりたぁいっ!」


 そう言って、一人目の生徒は再びお辞儀をした。


「我輩はべつに人間に嫌がらせをしたくて殺しているわけじゃないから、おまえが我輩に殺されて喜ぶとしても、我輩は気にせずおまえを殺すけど、それでも?」


「もちろんですぅ!」


 その言葉に嘘はない。こいつは裏をかいているわけでも、奇をてらっているわけでもない。本心なのだ。

 最初から知っている。最初から知っていることを訊くのだ。盛り上げるために。


「おまえの感性を死ぬのが怖くてしょうがないタイプにしてから殺せるけど、それでも?」


「もちろんですぅ! むしろ、ぜひぃ!」


 この言葉にも嘘はない。

 うむ。こいつをどう殺してもこいつの思うつぼというわけだ。

 もちろん、殺さなくてもこいつの思うつぼ。


 ま、べつにそれでも構わないんだけど、ちょっとだけ嫌がらせしたくなるよね。


「そうかそうか、我輩、おまえのことを気に入ったぞ。最初の望みどおり、特等席で我輩の所業を見せてやる」


「な、なんと! ありがたき幸せぇ!」


「そこの部屋に入って待ってな。時が来たら呼んでやる」


 一人目の生徒は我輩が出現させた木製の扉を開いて中に入った。

 扉が閉まると扉はスッと消えた。


「というのは嘘だけどな」


 扉の先にある部屋の中は二畳程度の何もない部屋だ。白い石の床、壁、天井で囲まれた窓もない部屋。天井には永久に消えることのない電灯。

 彼は完全にそこに閉じ込められた。


 彼は二日ほど経ってようやくだまされたと気づくことになる。

 しかしそれすらも一旦は喜ぶのだが、空腹でイライラがつのり、喜びは消え去り、最後は虚無感の内に息を引き取る。


 こいつは誰からも理解されないような珍しい価値観の持ち主だった。

 そんな価値観でも我輩であれば理解することができる。だからといって我輩が寄り添ってやるわけがない。

 全能である我輩はどんな人間の価値観も理解できるのだ。それをことごとく消してきた我輩が、ちょっと珍しい価値観を持つからって、たかだか一人の人間に手を差し伸べるわけがないではないか。


 我輩にとっては人間に限らずすべての存在が等しく無価値なのだ。全能であり何でも生み出せる我輩には、稀少価値なんてものは意味をなさない。


 一人目はそんなところで終わり。


 さあ、二人目をさばくとしよう。

 次にやってきたのも男子生徒だった。


 黒縁メガネをかけたツーブロックの少年。そのキリッとした表情は、立候補して学級委員長になりそうな秀才優等生を思わせる。


「あなたがここの城主ですね? はじめまして。僕は――」


「無駄だ。我輩と仲良くなって、隙を見て封印の小瓶を使うつもりだろ。我輩にはすべて筒抜けだ。それに、仮におまえが本心から仲良くしたいと思っていたとしても、我輩にはまったくその気はない」


 二人目の生徒は押し黙った。作戦が失敗してどうするか思考を巡らせている。


 こいつは女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で《いつでも何でも検索》というスキルを手に入れた。

 これにより、現世どころか前世の世界も含めて調べたいことをインターネット感覚で何でも調べることができる。


 こいつの念頭にあったのは金儲けだった。

 Y国にマヨネーズがないことを突きとめると、マヨネーズの作り方を検索して量産し、それを売りさばいた。

 それなりの財を成したこいつは、その金で超高価な魔法の道具である《封印の小瓶》を購入した。


 封印の小瓶には相手を封印して無力化する力がある。

 ただし、相手を無力化できるのは封印後なので全能無敵の我輩を封印することはできない。

 もちろん、先に無力化できる効果だったとしても絶対優位の我輩には効かないのだが。


 二人目の生徒はもはやろうする策がないことを悟ると、一直線に我輩に向かって走ってきた。封印の小瓶の蓋を開けて我輩に向けている。


 我輩は二人目の生徒の手首を強制的にひねった。

 封印の小瓶が向きを反転し、そして持ち主を吸い込んだ。


「転送されて半日でここまで成し遂げた行動力はなかなかのものだった。だが、どんなに情報収集力や商才があろうと、我輩に勝てるわけがないのだ」


 我輩は封印の小瓶をY国の汚泥湖に転送した。


 さて三人目。


 今度は女子生徒だ。

 セーラー服の上に紺色のカーディガンを羽織っている彼女は、茶髪を肩下までストレートに伸ばしており、バッチリ化粧で顔を作っている。

 美少女ゆえに、高校では一、二を争う人気者だった。


「ねえねえ、あなたが最強さん? あたしをあなたのヒロインにしない?」


 なんだこいつ。いきなり自信ありげに悩殺ポーズやかわいいポーズを繰り出してきた。


「おまえ、我輩を馬鹿にしてんのか」


「そ、そんな、とんでもない! あなた、孤独なんでしょ? あたしみたいなかわいい娘を近くに置きたくない?」


 こいつは女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で《誰よりもモテモテ》という性質を得た。

 G国の悪役令嬢のチャームの魔術に似ている。


 こいつの性質がチャームの魔術と違うところは、魔術ほどの強制力はないものの、魔術ではないのでそれを無効化する力の影響を受けない、天性の性質であるということだ。


「あたしと楽しくお話ししよ。お話し以外の楽しいことも、たくさんしよっ!」


 三人目の生徒が笑顔でウインクを飛ばした。


「十秒でいい」


 我輩は玉座で頬杖をついたまま答えた。


「十秒と言わず、いくらでもあたしを堪能してくれていいんだよぉ~」


 三人目の生徒は小首をかしげ、かわいく声を作って誘惑した。


 我輩は我慢をやめ、思いの丈を吐き出す。


「十秒で我慢するという意味ではない。十秒以上はいらないという意味だ。これはおまえとの会話のことだ。そしてもう十秒は経った」


「な! ちょっと待って! なんで? なんでなの!?」


 こいつが不思議がっているのは、願いの力で得たモテモテの性質が通じていないことではなく、純粋に自分の魅力が伝わっていないことに対してだ。どんだけ自信があるんだよ。


「分かった。教えてやる。これを見ろ」


 我輩は一人の少女を出現させた。無から生み出したのだ。


「え……」


 三人目の生徒は言葉を失った。

 彼女の前にいるのは、どんな皮肉屋だろうと文句のつけようがない絶世の美少女なのである。


 それは我輩の好みで創ったのではない。世の男性たちの理想像をあらゆる要素に分解して数値化し、その統計上の中央値をこの少女に当てはめている。


「世の女性に比べ、こいつは容姿、性格、頭脳、運動神経、その他あらゆる要素が飛びぬけて優れている。いわゆる完璧超人だ。おまえ、こいつに何か一つでも勝てる要素があるか?」


「……自分への、愛?」


「おまえの負けだ。おまえは自分よりもこいつのほうが女性として魅力的だと潜在的に自覚してしまっている。もはや自分への愛も失われた」


 我輩の絶世の美少女がお辞儀をして消えた。

 三人目の生徒は自分の顔をきむしるようにしてもだえ、呼吸困難におちいって息絶えた。


「そろそろいいか」


 転生した生徒たちと一人の教師はY国で呑気にダベっている。

 もう締め切ったので、我輩はお構いなしにY国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスをY国へと落とした。

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