第07話 我輩 VS. 無限転生する大賢者(運極振り)

 我城に来訪者が現れた。久しぶりに。


 金の装飾が施された白いローブをまとい、たくさんの加護が付与された高級な杖を持つそいつは大賢者だった。

 若いながらに妙な貫禄がある。


「あなたが新しい魔王ですか?」


「いや、違うけど。我輩、魔王ではないけど。相手に正体を聞かせてもらいたいなら、先に自分から名乗れば?」


 我輩の物言いに、大賢者の眉がピクリと動いた。


「いやはや、これは失礼しました。私は大賢者。名は――」


「おいおい、馬鹿かな? 我輩はおまえの名前を知りたくて言ったわけじゃないんだよ。おまえの図々しい態度を指摘してやったの。おまえ、大賢者のくせに我輩のことを知らないのな。我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》だよ。だから当然、おまえのことも知っている」


 大賢者の眉がピクピクピクと動き、澄ました糸目がうっすらと開いた。


「だったら私がここへおもむいた理由もお分かりですな?」


「我輩を倒しに来たんだろ? 無理だよ。我輩は絶対に倒せない」


「それはお互い様というものです。私は《無限転生》の性質を有するゆえ、何度殺されてもよみがえります。しかも、前世の能力を引き継ぐので無限に強くなるのです」


 そう、こいつは異世界からこの世界に転生する際に女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》によって《無限転生》の性質を得た。


 最初は勇者を名乗っていたが、剣技に特化して魔法にうとかったために魔王に敗れて転生した。《無限転生》による転生では、死んだ世界で再び生を受ける形で転生する。


 その後、魔法を極めるべく賢者に転職し、特定の魔法を極めては自決して次の人生で別の魔法を極めてというのを繰り返し、あらゆる魔法を極めたと確信して自ら大賢者を名乗るようになった。


「おまえ、やっぱり馬鹿だな。全能相手に無事に転生できると思ってんの?」


「…………」


 こいつは大賢者を自称するだけあって、知能に関してコンプレックスがある。

 馬鹿と煽られると、表面上では平静を装うものの、腹の中は煮えくり返って状況が見えなくなってしまう。


 もちろん、我輩の煽りに戦略的な意味があるわけではなく、純粋な感想として言ったにすぎない。


 プッツンした大賢者は、もはや問答無用とばかりに詠唱を始めた。


「怒れる炎の精霊サラマンドラによりて熾烈しれつ極まるおごそかなる業火をもって、我は我が魔力を煌々こうこうたる火の神にゆだねる。火は火に、灰は灰に、塵は塵に。よ、ほのおよ、えんよ、いつよ、彼を祝福しこれを助けたまえ。万象踰越ばんしょうゆえつの果てに静寂を与えたまえ。インフェルヌス・フランマ!」


 大賢者の杖から放たれた業火は、爆音をともないながら、魔界南部の大森林ですら一瞬で焦土と化すほどの大火力で放出された。


 我輩の正面の透明なバリアと部屋の壁がすべての炎を跳ね返し、魔法はすべて大賢者へと返っていく。


「詠唱破棄、グラシェス・ムールス!」


 大賢者は自分を囲うように氷の壁を何重にも重ねて出現させ、どうにか跳ね返ってきた炎をしのぎきった。


 大賢者は溶けた氷と熱気による汗でビショビショに濡れていた。


「はぁはぁ……。やるな」


「いや、我輩はただ魔法を跳ね返しただけなんけど。自分の攻撃を自分で防御してめるとか、マッチポンプでしょ。恥ずかしくないの?」


 意識が朦朧もうろうとしていた大賢者だったが、我輩の煽りにプッチーン、カッチーン、ブッチーンと堪忍袋を三つ分ほど爆発させた。


「全知全能のなんとかという者よ」


「覚えられてねーじゃん。おまえ、もう賢者を名乗るな」


 大賢者は我輩が挟んだ言葉を無視して話を続けた。


「私は《無限転生》によって全ステータスが非常に高いわけだが、その中でも群を抜いて高いのは運値だ。私は運値に極振りした超絶ラッキー人間なのだ。だが私はまだその片鱗しか見せていない。私の運のステータスが魔法 《ラッキーアップ》でさらに倍になり、どんな状況でも運の良さだけで絶対に自分に都合のよい展開になるという《極運状態》に突入するのだ」


 大賢者が杖を光らせて勢いよく床を突いた。

 コーンという甲高かんだかい音が響き、大賢者が黄金の光をまとった。《極運状態》になったということだ。


 この大賢者、強くてニューゲームを何度も繰り返して運のステータスを育てるとか、怠惰にも程があるだろ。どんだけ楽をしたいんだよ。嫌いだなぁ、こういう奴。


 でも哀れだなぁ。かわいそうだ。こいつに待っている未来を考えると。


「うーん……。特別だよ? せっかくだから、ほんっとうに特別に、その《極運状態》っていうのを試してあげるよ。我輩は全知だから必要ないんだけど、おまえにとっての見納めのためにね」


 我輩はモフに大賢者を攻撃させた。


 モフは大賢者に向かって超速突進を繰り出す。

 人には目で捉えられないスピードだから大賢者には避けられない。


 しかし、モフは毛が引っかかったせいで突進の軌道が逸れ、大賢者を素通りして柱の角に激突して気絶してしまった。


「はーっはっはっは! もはや私には誰も敵わないことが証明された。運はすべてに勝る。この私こそ無敵、そして最強の存在なのだ!」


 おいおい、慈悲で見せ場を作らせてやったのに、そこまで調子に乗っちゃう?


 冥途の土産程度だったらこんな慈悲は与えなかった。我輩がこいつに慈悲を与えた理由は、冥途の土産がそのまま生き地獄の土産になるからだ。

 永遠に苦しみ続けることになる者への手向たむけであり、永遠に後悔し続けることになる者へのはなむけであり、絶対的自信を粉々に砕かれることになる者への餞別せんべつである。


「あのさぁ、運しか取り柄がないおまえに追い打ちをかけて悪いけど、常に絶対優位な我輩のほうが運もいいんだよね。試してみようか」


 我輩は死の運命が宿った木の棒を創造し、我輩と大賢者の間に浮かせた。

 それを重力に任せて落下させる。


 木の棒は一度床に垂直に立った後、まっすぐ大賢者の方へ倒れた。


「この木の棒が倒れた方にいる者は即死する」


 これは運比べ。運の良さで劣るほうが死ぬ。

 大賢者の体は魂の抜け殻となってその場に倒れた。


 我輩はF国をかたどった二十キロの高さを有する黒色物体たるモノリスをF国に落とした。


 これでF国に転生したばかりの大賢者はまた即死した。


 なお、我輩は大賢者から転生前の能力をすべて剥奪し、さらに同国内でしか転生できない性質にしておいたので、今後はモノリスの上で転生して何もできなくなる。


 つまりあの馬鹿な大賢者は、飢えて死ぬかモノリスの端から落下して死ぬしかない。そして死ぬとまた転生する。

 それを繰り返すのだから生き地獄だ。


 もちろん、こいつの《無限転生》を消すことは可能だが、我輩に喧嘩を売った奴にそんな慈悲を与えるわけがない。

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