第10話 我輩 VS. 近代兵器武装軍隊

 我城に来訪者が現れた。それも大量に。


 我輩とペットのモフ以外には誰もいないのに、この城になだれ込んだ十人の軍人がハンドサインで合図し合っている。


 空っぽの部屋をすんごい警戒しながら、覗き込んでは「クリア! クリア!」と口ずさんでいる。


 来訪者は十人だけではない。城の外には約三百人の軍人が待機しており、戦車やらロケット砲やらを温めている。


 なかなか軍人たちが我輩の元までやって来ないので、我輩は世界の時間を早送りした。

 そして軍人たちがようやく我輩のいる玉座の間へとたどり着いた。


「子供? 隊長、子供がいます!」


「怖がらせないよう……、いや、待て! 警戒をおこたるな。魔王とやらの容姿を我々は知らない。あの子供が魔王の可能性もある。慎重に探りを入れるぞ」


 我輩を眼前にしてなお我輩を待たせるか。

 面倒なのでこいつら全員に我輩のことを即時認識させた。


「《全知全能最強無敵絶対優位なる者》だと!?」


「まるで神様のようだ。それでいて神でもなく魔王でもないというのか」


「我々に勝ち目はあるのか?」


 我輩のことを理解してなお、敵意を見せるとはいい度胸だ。

 少しでも危険がある相手にはすぐに銃口を向ける。軍人の悪い習性だ。


 一人はおもむろにポケットからガムを取り出してクチャクチャ噛みだした。

 緊張を和らげたいのだろうが、銃といい、ガムといい、この我輩を前にして失礼極まりないな。

 殺傷力の高い武装が精神の鎧となっているため、絶対強者を相手にしても自分の優位を信じていられるのだ。


 ただ、十人もいれば、中には敵の脅威に極めて敏感な臆病者もいる。


「あっ、あっ、ああああああああ!」


 突如として隊員の一人が我輩に向けたサブマシンガンを乱射した。


「おいっ、やめろ! 何をしている!」


 隊長の声はまったく届いていない。錯乱した隊員は、三十発の弾丸をすべて撃ち尽くしたが、それでもトリガーをカチカチ言わせてゴクリと息を飲んだ。


 弾丸は我輩の正面で静止している。


「我輩、ほどこしを受けたら手厚くお礼する主義でね。これ、倍にして返すぜ。あ、倍なのは速度な」


 サブマシンガンから撃ち出されたときの倍の弾速で、三十発の弾丸がいっせいに隊員へと返っていく。

 隊員の体は吹き飛んで肉片が辺りに飛び散った。


 あーあ、繊細すぎるよりは鈍感な奴のほうがまだマシだったな。


「さて、と……」


 我輩が隊長をひと睨みすると、隊長は逡巡した。が、すぐに判断を下した。


「撃てぇえええええ! 全弾使ってもいい。あいつのキャパを越えるまで撃ちまくれぇえええええ!」


 我輩が何者なのかをもう忘れたらしい。

 彼らは悲惨な仲間の末路を見たとき、我輩との格の違いを思い知るより先に、仲間の仇を討ちたいという想いが爆発していた。我輩の圧倒的強さが彼らの冷静さを欠けさせた一因でもあるが。


 正面から降り注ぐ弾丸の豪雨。それに混じって手榴弾もいくつか放り込まれている。

 しかしそれらすべては武器の役目を果たせず、我輩の正面で静止する。


 そして、彼らが武器を使い果たし、静寂が訪れた。


「おまえら、選択を間違えたな」


 弾丸と手榴弾は宙に浮いたまま、我輩の頭上で天体シミュレーションのようにグルグルと回っている。

 軍人どもはそれらを凝視したまま釘付けになっている。


「ま、待ってくれ! 降参だ! 我々はもうこれ以上あなたに手を出さない。だから見逃してはくれまいか」


 隊長が全武装を解除して両膝と左手を床に着き、右手を我輩に向けて懇願した。


「おいおい、殺傷力の高い武器でさんざん攻撃しておいてそれはないだろう。我輩が普通の人間だったら何回死んだと思っているんだ? 自分たちがピンチになったとたんに平和にいきましょうとか、図々ずうずうしいにも程があるだろ。そんな虫のいい話がまかり通るわけねーよなぁ?」


「どうしたら許してくれる?」


「その前に、まず態度がでかい!」


 隊長は慌てて土下座し、床に頭をこすりつけた。ほかの隊員もそこでようやく武装を解除して床に膝を着いた。


「どうしたら許していただけますでしょうか?」


 態度は改めたので、少しだけチャンスをやろうではないか。


「そうだな。本当なら許さないところだが、自分以外の全員を殺せば、そいつだけ許してやる」


 しばしの沈黙。

 その後、隊長は無線で外の仲間に向かって叫んだ。


「緊急事態! 我々に構わず攻撃せよ! 全武力を行使せよぉおおおおお!」


 その直後、隊員の一人が隊長の首をコンバットナイフで切り裂いた。

 その隊員は次々に仲間を殺していく。

 そいつは最後の一人との戦闘に敗れて絶命した。


「はあ、はあ……。あの、私が残りました。私は許していただけるんですよね?」


 我輩は頭上を周回していた弾丸と手榴弾を消した。

 最後の隊員の顔にパッと笑顔が咲く。


「なにを勘違いしているんだ、馬鹿者。我輩が『自分以外の全員を殺せば』って言ったの聞いてたか? おまえが殺したのは一人だけじゃん。よって、死ね」


 最後の隊員の首がグルグルグルッとねじ切れて、頭がゴトリと床に落ちた。

 意識が消えかけている隊員の頭を、我輩は冷たく見下ろした。


 我城の外でも攻撃が始まった。一列に並んだ戦車がいっせいに砲撃してくる。

 もちろん、そんなものは無力だ。砲弾も弾丸も我城に触れた瞬間にパシュッと消滅する。


 我輩は城の周囲を一時的に底なし沼に変えて、すべての戦車と軍人どもを地の底へと沈めた。


 I国では巨大な門の中から軍隊が続々と送られてくるが、我城まで来ていた将校から連絡を受けたようで、ただちに彼らの手で門は破壊された。


「自国だけは守るってか? そんなことされたら、余計に許さんわ!」


 我輩は転移門を眼前に出現させた。

 この門は軍人たちの故郷の世界に繋がっている。


 我輩はそこに小さなブラックホールを放り込んだ。一国くらい飲み込んだら消えるよう調整してある。


 我輩は転移門を消すと、I国にゆっくりゆっくりとモノリスを落とす。透明な壁で国外には出られないよいうにして。

 モノリスは二十四時間ほどで完全に落ちきるだろう。


「最期を迎えるその瞬間まで、せいぜい恐怖を堪能するがいい」


 ちなみに、I国の転生者は我城に攻めてきた隊長だった。

 彼はこちらの世界に転生したとき、女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で自分が所属していた軍隊の力を使いたいと願い、故郷の世界とこちらの世界をつなぐ巨大な転移門が出現したのだ。


 賢明そうに見える隊長だったが、彼は愚かだった。

 軍の力を使いたいなんて、結局は虎の威を借る狐。

 そんな他力本願な願いのせいで、転生後と転生前の二つの故郷を国ごと滅ぼすことになってしまったのだから。

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