更科と森之助 ~信州一と謳われた女傑と勇者の伝説~
相木 鹿之介
序章 エピローグ
信濃
奥座敷牢にて
「父上、何故、
牢の中から
楽巌寺雅方(通称:
この一人娘の更科の美しさは信州一と謳われ、あまたの縁談話があったが、この娘が愛した相手は、かつて敵国であった隣国、
「すまぬ。何も出来ぬこの父を許してくれ」
「見捨てるのですか? 何もせずに、戦いもせずに。
「この国を守る為だ。この村人を守る為だ」
「誰が、守ってくれるのですか? この国を、村人を守る為に、命を懸けて戦った者を見放すような国を、誰が、今後守ってくれると言うのですか?」
右馬之助は返す言葉がなかった。
「人こそが、深い絆で結ばれた人こそが、どんな砦よりも勝るのだと言われていたのは父上様では無いですか? その砦を崩して、この国を守れましょうか?」
信濃の戦国大名・村上義清の筆頭家臣として国を守らねばならなかった。娘婿一人を差し出す事で、大国同士の戦を避ける事が出来るのであれば、致し方が無い事であった。
「
「そうだ」
「御屋形様の今のやり方では信濃はひとつに出来ぬ、と父上も言っておられたではないですか」
「……森之助の自らの意思でもある」
「森之助殿の意思?」
「この国を、村人を、更科、お主とそして生まれてくるその子を守る為だと」
「私とこの子を……」更科が大きくなってきたお腹を押さえた。
「今、武田と戦っても勝てぬ。自らの命ひとつで戦を避けられるのであればと」
今、こうして更科が座敷牢に入れられているのも、更科の気性の激しさを知っているが故、罪人として引き渡される夫・森之助を追わぬよう牢に閉じ込めているのである。
「先の海ノ口の戦いでは、武田に勝ったではないですか?」
「
「その裏切った父親が今度は罪人として息子をよこせと? 何故にそこまで森之助殿を苦しめるのじゃ。いったい何を考えておるのじゃ。自らの手柄のみ考えておる輩ですか? 市兵衛殿は」
「いや、それは違う。市兵衛殿はこの佐久の、いやこの信濃の平和を一番に考えておられたお方だ」
「なれば、何故ゆえ?」
「それは、わからぬ。だが
「我が子を人質に出しておいて、敵方に寝返った者など、到底信じられませぬ」
「……」右馬之助
戦国時代、多くの跡目争いで、血を分けた実の親子、兄弟で殺しあっていた。家族でさえ、信じる事が出来ない時代であった。
「それに、森之助殿が、命ほしさに敵方に寝返るとお思いか? 我らを敵に回す事が出来るとお思いか? 父上は? 出来ぬと思うておるから、こうして、私を牢に閉じ込めておるのではありませぬか」
更科の泣き叫ぶ声が一晩中、城内に響いた。
そして、三日後、その更科の姿が城から消えた。
序章 完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます