第二十三章 脱出
更科達は高天神城の包囲を突破し大井川近くまで逃げてきた。
夜が少し明け始めていた。
「はあ。はあ。ここまでくれば大丈夫かの?」お結
「いや。油断はまだ出来んぞ」孝之進
その時だ
「いたぞー」徳川の兵が数十名で追って来ていた。
「いかん。ここは我らで食い止める。更科、皆を連れて逃げろ」圭二郎が叫んだ。
「皆、必ず生きて戻れよ。必ずじゃぞー」更科が叫んだ。
孝之進、圭二郎、直次郎が、追って来た徳川兵に向かって走った。
戦いが終わった。徳川兵を倒したが、3人共、傷を負って倒れていた。
「圭二郎、生きておるか?」 孝之進が仰向けのまま聞いた。
「ああ。生きておるが、痛みで手足があるのかどうかわからん」
「わしもじゃ。立てんが、手足は繋がっておるようじゃ。次の追ってが来たらしまいじゃ」直次郎が言った。
草むらの中から、人影が動いたのが見えた。
「二人とも死んだふりをしろ」直次郎
「それは、得意じゃ。」圭二郎
徳川方の旗を背負った兵が一人来た。
「死んだふりか?」兵士が言った。
ばれたか。万事休す
「相変わらず、死んだふりもへたくそじゃの。お主らは」
どこかで聞いた声だ。
「晴介? 晴介か? お主? 何故ここにおる。森之助と殿を務めたのではないか?」
晴介は、森之助とのやりとりを説明した。
途中、多くの追っての部隊に対し、
「もう、追ってはいらぬとの事じゃ。城は落ちた。手柄がもらえるそうじゃ、城へもどれとの命令じゃ」と
追手たちを、追わぬよう指示してきたと。
「森之助らしいの。最後まで我らを・・・」圭二郎
「そうか? で、森之助は?」 と孝之進が聞こうとしてやめた。
韮崎村 塩川の土手にて
二昼夜をかけて、更科たちは逃げ帰って来た。多くの兵をほとんど、飲まず食わずであったが
無傷のまま、3百という人数を引き連れて韮崎村まで帰ってきた。
村人たちは歓喜につつまれた。大勢の村人が、高天神城に籠っていた。そして、数ヶ月に及ぶ
戦いの中で、命を落としたと思っていたのだ。
そして、夜になる度に、塩川の土手に潜み、はぐれた者達や孝之進たちが戻って来るのを待っているのである。
四日目の夜、川向うに人影が見えた。
「隠れろ、徳川兵かもしれぬ。」更科
「四人だ。徳川兵ではなさそうだ。皆、肩を組んでおるのか? 怪我をしておるようじゃ。・・・孝之進殿?」お琴
「圭二郎殿だ」お結
「あれは、直次郎殿と晴介? 晴介か」更科
土手に隠れていた皆が、歓声をあげ一斉に川へ向かって駆けだした。小さな橋が架けてあるだけだ。橋を壊さぬよう足早に走った。
「ようご無事で」お琴
「皆は?」圭二郎が聞いた。
「あなた様方のおかげで皆、無事に戻ってこれました。」お結
「そうか。それは良かった」直次郎
「晴介が何故おる? 」更科が言った。
更科が再度、川向うに目をやり、誰かを探していた。
「更科・・・」晴介が、森之助とのいきさつを話した。
「で、森之助殿は・・・」と言いかけて辞めた。わかっていた。でも、聞きたくはなかった。
その日以来、毎日、夕刻になると、更科はこの塩川の土手に立った。
この橋を、いつか森之助が渡ってくるのではないかと願って。
※そして、いつからかこの塩川に架かる橋は「更科橋」と名付けられ、現在も韮崎駅近くに架かっている。
第二十三章 完
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