第二十二章 落日の高天神城
高天神城内
「まだ、御屋形様(勝頼)から返事は来ぬか?」岡部元信 高天神城の城主である。
先の長篠の戦で大敗を期した武田軍は織田・徳川勢に押し込まれていた。
この高天神城は元々、徳川の城を武田軍が落とした城であった。今は四方八方を徳川に囲まれている。そして、勝頼は、再三の援軍要請が岡部元信より来るも動かなかった。
孤立、無縁の城となっていた。
「もう、三ケ月になります。兵糧も付きました」森之助
「待つ間に、周りは徳川の城ばかりじゃ」更科
「ぬう。もう待てぬな。皆を集めてくれ」岡部
その夜、最後の軍法会議が開かれた。
「殿、横田#尹松__ただまつ__#殿がおりませぬ」
「何? 軍官がおらぬと?」岡部
「・・・それとこれが見つかりました。」
「これは、わしが御屋形様に援軍の依頼を出した文ではないか?」岡部
「・・・謀られたか」
「皆のもの今まで良く戦ってくれた。礼を申す」岡部
「殿、何を申されますか」城内にすすり泣きの声が響いた.
「援軍は来ぬ。もうしまいじゃ」岡部
「森之助殿、策を伝えてくれ」
森之助が皆の前に出た。
「隊を二つに分ける。4百と3百。4百は討って出る。その間に3百はこの城から出て甲府へ向かえ」
森之助が一人ずつ、どちらの隊に入るか名を挙げた。
若者と百姓の出の者と主に3百の脱出部隊に選ばれた。
「3百の隊の大将は更科。お主じゃ」森之助
「何と? では森之助殿は?」
「岡部殿と4百で#殿__しんがり__#を務める。」
「なりませぬ。大将が殿を務めるなど、立場が逆でございます」更科
「大将は更科お主だと申したであろう」
「・・更科。知っておろう、わしの心の蔵が夜な夜な痛む事を。わしもそう永くない」
「それは・・・」
「わしは#齢__よわい__#、六十を過ぎた。よう生きた。楽しかったのう」
「森之助。死ぬときは一緒じゃ。わしも一緒に殿を務める」孝之進
「そうじゃ。一緒じゃ」圭二郎
「ならぬ。お主らは百姓じゃ。お主らはまだやる事がある」
「やる事?」直次郎
「そうじゃ。甲府の土地は、まだまだ荒れておる。直次郎は韮崎の土地の特徴をよく知っておる。そして佐久での孝之進、圭二郎の作物を作る知恵を出し、肥えた土地にすることじゃ。皆が腹いっぱい食べられる土地にすることじゃ」
「戦うは、武士のわしらの役目じゃ」晴介が答えた。
「お結殿、お琴殿、更科をお頼み申す。」
「森之助殿」お結、お琴が泣いた。
「更科。わしの最後の下知じゃ。この若者たち3百と女子、子供の命、無事に甲府へ届けよ」
「森之助殿」更科が泣いた。
「そして、刀を捨てよ。もう武田はおしまいじゃ」
多くの武田家臣が徳川の調略により武田から寝返りを始めていた。
今生の別れが近づいていた。
「さらばじゃ」森之助
「いくぞ」晴介の合図で殿部隊が動いた。
「おおー」
4百の部隊が一斉に城外へ飛び出した。城の周りは徳川の兵で埋め尽くされていた。
その殿部隊が戦っている脇を脱出部隊が、一気に駆け抜けた。
「走れ、真っすぐに駆け抜けろ」更科
その脱出部隊に切りかかってくる徳川兵たちを、更科、結、琴が走りながら斬る。孝之進、圭二郎、直次郎がなぎ倒す。
城内は森之助と晴介だけになった。
「さて、我らも行くか。森之助」晴介
晴介が討って出ようとした時、森之助が晴介の背中をつかみ、城内へ押し戻した。そして城門を閉じた。
「森之助、何をする。開けろ」
「晴介。時を置いて後から更科達を追いかけてくれ。後攻め部隊を退けてくれ。」
森之助が城門の外から言った.
「たわけ。わし一人で何が出来るというのじゃ」
「昔から、お主の得意な戦法があるであろう。お主しか出来ぬ事が」
「更科を頼んだぞ」
「森之助? 森之助―」 晴介の声が城内にこだました。
こうして、高天神城は時に 天文9年 徳川によって落ちた。
死者数700とも1000とも伝わる、戦国の戦の中でも壮絶な戦いであったと記録されている。
しかし、そこから多くの兵士達を守り抜き、甲府まで無事逃げ帰った更科の功績は記録されてはいない。
横田甚五郎尹松が、一人、城から抜け出し、逃げ帰り、勝頼に報告したと記録されている。
第二十二章 完
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