第二十四章 涙の森

1582年3月2日


高天神城の落城から1年近くたっていた。


更科たちは、森之助のいうとうり、刀を捨て一村人として過ごしていた。

戦況はますます悪くなってきていた。織田・徳川軍が迫ってきていた。


韮崎村 上ノ山地区


北条夫人が 更科の居に数名の侍女とやって来た。


勝頼の正室である。 14歳で嫁ぎ、未だ19歳である。

 ※先に織田信長の姪を正室に迎えていたが、病でなくしていた


 幼きに嫁いで来た際に、時間があれば更科が親身に世話をしていたのである。


「明日、甲州を発ちます。最後に一目更科様にお会いしたく」

「御屋形様と一緒に行かれるのか? 」

「はい」


 よせ。命を粗末にするでない・・・ そう言いたかった。


 しかし、自分も17歳の時に、身重の身でありながら命を懸けて森之助を追った。

 周囲の誰もの反対を押し切って。

 衰退する武田家において、命が惜しければとうに離縁し北条家へ戻っている。

 北条夫人の勝頼への思いも自分と同じだと感じていた。

 止めても無駄な事であると。


 更科たちが、高天神城から逃げ帰って来た事を聞いていた。


 「今までいろいろと姫様にご支援頂き、我等は助かっておりました」


 「御屋形様は高天神城の方々を見捨てた故、戻って来られた方々へ顔向けが出来ぬと、

  また、何の功績も与えられず、殿もそれを悔やんでおられました」


 「もう良い。すんだことじゃ。それどころではないからのう」


  「御幸運をお祈りいたしております・・・」

 更科が北条夫人を抱き寄せて泣いた。


 北条夫人も声を出して泣いた。


 「・・・では、これにて」 一行が去っていった。


 翌日、新府城に火が放たれた。

 勝頼は自ら火を放ち、家臣の一行は家臣の小山田の岩殿城を目指し逃亡した。


 韮崎村からもそれが見えた。


 「何ということじゃ・・・館が燃えている」

 「・・・姫様」更科


 「更科、泣くでない。北条夫人は幸せだと思うぞ」お結

 「・・まだ、十九じゃぞ」

 「思いを寄せる御屋形様と一緒じゃぞ。こんな幸せな事があるか」お琴

 「そうじゃの。そうじゃと良いが」


  戦国という時代に運命を翻弄された、姫の覚悟の旅立ちであった。


 ※韮崎村の上ノ山地区 は更科村と名付けられていた時期もあり、そこには

 「涙の森」として有名な北条夫人の史跡がのこされている。


                          第二十四章 完

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る