第十三章 約束の再会

躑躅ヶ城館 城門前


 更科一行は正門前に着いた。

 馬に更科が乗り、後は皆も、鎧兜の甲冑姿である。

 立派な武将隊である。


 直次郎が太い大木を肩に担いでいた。

 根っこごと引き抜いていた。

 城門を壊すつもりである。


 更科一行を城門の上の見張りが見つけ姿を消した。

 

 「行くぞ」更科が言った。

 「おお」

  直次郎が真っ先に、丸太を担ぎながら城門に走った。続いて、孝之進、圭二郎が走る。

 「ドカーン」と丸太が城門にぶつかった。

 「ドーン」「ドーン」と孝之進、圭二郎が 肩から体当たりをした。

 城門は少し揺らいだが、びくともしない。


 もう一度、勢いをつける為、三人は少し戻って、再度、行うつもりであったが、

 城門が中からゆっくりと開いた。


 中で、待ち構えているようだ。

 

 「はっ」更科が馬の腹をけり、勢いをつけて城内へ入った。

 皆が更科に続いた。

 躑躅ヶ城館内に一行は入った。


 そこには、大勢の兵士達が、甲冑をまとい待ち構えていた。大戦(おおいくさ)でも始まろうかという人数だ。2、3百は要るだろうか。


 城門の左右に分かれて待ち構えていた。


 更科はその中央に躍り出た。

 その更科の周りをぐるりと、結、琴、晴介、孝之進、圭二郎、明石、直次郎が囲む

 皆、これだけの敵兵を見ても、びくともしていない。

 皆、誇らしげな、威風堂々たる趣きである。

 

 中央に、騎乗した武将が数名いた。

 武田家の重臣達であろうと推測がついた。


 更科はその重臣の一人に向かって叫んだ。


 「我は、相木采女之助幸雄が妻、更科なり。夫の仇を討ちに来た。教来石信房殿、出られよ。一騎打ちを所望する」


 戦国時代、大勢の戦の場においても、そして勝敗が既に喫している場合においても、大将や名だたる重臣同士の戦いの場では、家臣は、その場を皆で囲み、一騎打ちの場を作り、誇り高き武将たちの戦いを見守るのである。

 一騎打ちを所望されては、引くわけにはいかず、まして、家臣は決着がつくまで手出しは出来ない。

 勝ち戦であっても、自分たちの大将が討たれても、一旦は、勝った者には手を出さない武士の約束事があった。

 

 更科はたとえ一人でも、森之助を助けられる算段がそこにあった。でも、それは叶わず、仇討ちの戦いとなってしまった。


 騎乗した一番中央にいた武将が、ゆっくりと前に少し出て来た。

 「わしが、教来石信房じゃ。」

 「・・・・」更科は真っすぐに教来石を見つめた。

 「噂には聞いておったが、この躑躅ヶ城館にこの僅かな手勢でおくせもせず、真正面から乗り込んでくるとは、恐れ入ったわ。凄まじい女傑であられるのう。」


 この重臣達の後方で武田晴信が見守っていた。

「ほう。あれが更科であるか?」晴信

「はい」市兵衛が答えた。

「まるで、ひとつの城のように見えるの。更科を城とするなら、そのわきを固める兵士は、堀であり。壁にみえる。それも深き堀であり、高き厚き城壁に見えるのは何故じゃ?」晴信

「城主との絆でしょうか?」市兵衛

「我も、このような城を築きたいものじゃ」晴信


 「ようも、家臣を使い、我と森之助殿を陥れようと卑怯な真似をしてくれたな。森之助殿の仇を打ちに来た。いざ。」更科が教来石に向かって叫んだ。


「仇うちとな?そのような言われをされる覚えはないぞ。相手は出来ぬな」

「なにい?この期に及んで臆したか」更科は刀を抜いた。

 「まずは、この者と相手をせよ。」

 教来石信房は、横に動いた。


 「逃げるか?」更科がそれを追うとした時、


 その後ろから、騎乗した若い武将が、ゆっくりと前に出て来た。

 その出で立ちは、兜を深くかぶっていて顔が良く見えなかったが、見覚えのある姿であった。


 「あれは……」


 孝之進、圭二郎が驚いた顔で、真っ先に声をあげた。

 「森之助でねぇか?」


 「……」更科は驚いて声が出ない。


 「夫の顔を忘れたか?更科」その武将が声を掛けた。

 更科は未だ信じられなかった。

 更科は抜いた刀を右手で持ったまま、馬から滑り落ちてきた。腰が抜けた。それを結、琴が抱えた。

 森之助が馬から降り、兜を取って更科に近づいて来た。


 「よう来てくれた。嬉しいぞ」

 「森之助ぇ」孝之進が泣いて叫んだ

 「森之助え・生きておったかぁ」圭二郎

 「森之助殿」お結、お琴も涙が溢れていた


 「皆も良く更科を守り、よう来てくれた。わしは幸せ者じゃ。」森之助

 明石、直次郎は初めて森之助を見た。

 この方が、皆が命をかけ助けたかったお方かと。いや、明石、直次郎は先日、捕まった時に 話をしている。「・・あの時の」


 「森之助殿、切腹されたのでは?」更科

 まだ信じられなかった。


 「切腹?武田の家臣になった故、相木采女介幸雄はこの世におらぬと教来石殿が申したのじゃ。それをそこの二人がそう言うたのか?」

 「おお。会いとう御座いました。よくぞ、ご無事で」更科

 「兄者からお主が、城を出て、こちらに向かったと聞いたときは、肝をつぶしたぞ。」

 「・・頼房殿から?」更科

 「そうじゃ」森之助

 「森之助は、#頑単語__かたく__#なに、武田の家臣にはならぬと申しておってな。何故に村上にこだわるかと申しても何も言わなんだが、更科殿、お主がおった為じゃ。」市兵衛が答えた。


 「御義父上様」更科

 「お直の助言で、おまつ殿、お結殿、お琴殿、晴介殿と一緒に森之助を助けに村を出たと申せば、もう村上にこだわる理由がなくなったのじゃ。武田にきっとつくであろうと。更科殿が、楽雁寺城に留まっておったなら、敵に回すわけにもいかず、武田家臣になることを断り、本当に腹を切っておったに違いない。更科殿、感謝いたす。」市兵衛

 「我らが、楽雁寺城を出たから?」更科

 「母様が言うとおりになった。」 お結


 「おまつ殿が?」更科

 「母様が、森之助殿が助かる道はひとつ。武田の家臣になる事。しかし、決して、更科や、晴介、我らを敵に回す事は出来ぬお方。助ける道は、我らが、村上を出る事と悟ったのじゃ。」

 「それでは、頼房殿が、我との約束を破ったのは?」更科

 「そうじゃ。貴殿らが、ここに向かったと一刻も早く、森之助に知らせねばならぬとな。本当に切腹する前に。それと、道中に山賊が出る為、心配であってな。森之助が家臣になれば、大手を振って、皆で迎えに出るつもりであったが、心配は無用であったの、貴殿らの手で、山賊を始末してくれたのでな。」市兵衛

 「では、あの夜、森之助を見たのは、夢でなかったのけ」晴介

 「そうじゃ、山賊が潜んでいるので、夜な夜なお主らを探しておったのじゃ・」森之助

 「そうか・・」更科 


 「はっ? では、甚次郎は?おまつ殿は無事なのか?」更科

 「ああ。あたりまえじゃ。無事じゃ。兄者は更科が戻るまで預かると言っておったろう。兄者は約束を守る」森之助

 「おお。なんと」 更科


 騎乗していた武田の武将たちが、馬から降り、片膝ついた。周りにいる兵士たちも槍を上に向け、一斉に片膝をついた。


「なんじゃ?・・」晴介


「・・・・どうした?」孝之進

 「我らが、長年、手を焼いておった山賊ども始末頂き、かつ村の子供達を助けて頂き感謝申し上げます」教来石が礼を述べ頭を下げた。


 兵士達も一斉に頭を下げた。


 更科、お結、お琴、孝之進、圭二郎、明石、直次郎が驚いた。そして涙がこぼれた。

  

 まさかの展開であった。


 ここが、死に場所と皆、腹を据えてきた。


 これは、名だたる名将や勇者達を迎える最上級の礼法である。

まさか、自分たちがこのように迎えてもらうとは夢にも思っていなかった。


更科は、自分が信じ取った行動が全て間違っていなかったのだと改めて思った。

楽巌寺城を出た事。敵方の義兄上を信じた事。そして敵方の村の子供達を助けた事。その無謀と思われた全ての事象が、今、最良な結果として報われたのである。

  

 そこに、館の中から、晴信、板垣、甘利の重臣達が出て来た。  

 皆一斉に、頭を下げた。

 更科達も、誰かわからなかったが、想像はついた。一緒に頭を下げた。


 「更科殿か?」晴信

 「はい」

 「皆、表を挙げられよ」

 「更科殿。お噂には聞いておったが、美しい御仁であられるな。それよりなにより、森之助殿を助けに、わずかな人数でよう参られた。よほど強い絆無くしては出来ぬこと。感服しかまつった。羨ましい限りじゃ。わしにもそなた達のような家臣を持ちたいものじゃ」晴信


 「こほん」教来石

 「いや。すまぬ。ここに大勢、既におったわ。 ははっ」晴信 

  更科一行は、この晴信の対応に驚き、そしてその気取らぬ言葉に魅了された。


 「森之助殿、更科殿、そなた達の絆、そしてその力をわしに貸してくれるか?」晴信

 「はっ。この先は身命を賭してお使いさせて頂きます。」森之助

 「そうか。それは頼もしい。皆もか?」

 「はっ」皆も答えた。


 明石、直次郎は、この方たちは、どんな方々なのか、この時、一生この方がたと共に生きていこうと誓ったのである。


       

                               第十三章 完

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