第四章 祝言

葛尾城内


村上家臣達が集められていた。

その中央に森之助がいた。

「相木森之助おもてをあげよ」義清が言った。

「はっ」森之助

「森之助。先の戦での活躍見事であった」義清

「この井上から、そちの戦いぶりを詳しく聞かせてもらった。大儀であった」義清

「森之助。そちがあのような腕前になっておったとは、この九郎も気が付かなんだ。見事であった」九郎

「いえ。これも九郎師範にお教え頂いたからにほかなりません」森之助

「はは。相変わらず謙虚な性格であるな。森之助は。右馬之助の更科が惚れるだけあるわ」義清

「はっ?」森之助

「んんっ。御屋形様」右馬之助が咳ばらいをした。

「そうじゃった。段取りがあったの」義清

「相木森之助幸雄。この村上の家臣にならぬか? ここで元服する気は無いか?」義清

「はは。有りがたきお言葉。なれど、われは人質の身。そのお役目が果たせなくなりまする」森之助

「人質はもう良い。市兵衛殿の此度の働き、見事であった。佐久との関係も強固になったと信じておる。それよりも、森之助、そちの力じゃ。この九郎が、今の信濃にお主のような武士は二人とおらぬと申した。わしも直接、そちの戦いを見たかったものじゃ」義清

「どうじゃ。森之助殿。義清様の家臣とならぬか?」九郎

「わしが、烏帽子親えぼしおやになる」右馬之助

「人質のお役無くなれば、お断りする理由が御座いませぬ。喜んでお受けいたします」森之助

「おお。そうか良く申した」九郎

「おお。これはめでたい」右馬之助

他の家臣達も喜んだ。

先の戦での森之助の活躍は、噂で広まっていた。森之助は勇者として扱われていたのである。

「そこで。森之助。もう一つ頼みがある。右馬之助。お主から申せ」義清

「森之助殿。うちの姫である更科を知っておるな?」右馬之助

「はい。此度の戦にて更科殿もよく戦っておられました」森之助

「はは。何を申すか。うちの更科は怯えて泣いておったと聞いておる。少し漏らしておったそうじゃ。ぞ」右馬之助。


バン!

そのとき右手側の家臣たちの後ろの障子が勢いよく開いた。

「父上。私は漏らしてなぞおりません」更科が着物を着ていて叫んだ。

「おおぉー」その美しさに家臣達が目を奪われた。


「はっ?」更科

また、勢いよく障子がしまった。


義清はじめ家臣たちがあっけにとられた。

また、一瞬ではあったが、更科が着物を着ていた姿は、あまりに美しくまばゆいばかりであった。

「あちゃぁ……」右馬之助

森之助もあっけに取られていた。


「もう良い。更科。出てまいれ。段取りが台無しじゃ」右馬之助

「はい」更科が今度は廊下越しに、現れた。

「おおー。見事なお姿。」家臣達の声

「これは、この様な美しい姫君を見たことがござらぬ」家臣達の賞賛の声が飛んだ。

更科のその着物姿は、どこの戦国大名の姫かと思えるほど、艶やかで美しかった。

 森之助の少し斜め後ろで座った。

「森之助殿。この更科と夫婦になってもらえぬか?」右馬之助

「わしの一人娘じゃ。わしには息子がおらぬ。森之助殿。二人で、楽巌寺を守ってくれぬか?」右馬之助

「更科は幼き頃に母を病気で亡くしておる。それ故、わがままし放題のじゃじゃ馬である。己より強き人でなければ、嫁にはいかんとこの歳にまで一人身じゃ」右馬之助

「森之助殿の、ご活躍を目のあたりにして、森之助殿でなければと、更科の願いじゃ」右馬之助

「また、この九郎の推挙もあってな。森之助殿と更科であれば、この信濃で一番の夫婦になると申しての」右馬之助

「どうじゃ。森之助」九郎

 森之助が九郎に目を向けた。先日よりおまつ経由で九郎より事前に話は聞いていた。

更科が心配そうに下に顔を向け、森之助の答えを待っていた。

「私の様なものに、勿体ないお話でござる。更科殿は、この信濃で一番のお美しさと、強さと、そして優しさをお持ちの方と存じます」森之助

「優しい? 更科がか?お世辞も上手であるな」右馬之助

「いえ。先の戦いでご一緒させて頂き、自身の目で確認させて頂きました。母君同様のおまつ殿、ご姉妹同様のお結殿、お琴殿を逃げず、御命捨てるご覚悟で、お守りされておられました。また、おまつ様達も同様に更科様をお守りされておられました。強い信頼関係がなければ、出来ることではありません。お転婆で、じゃじゃ馬な姫では決して築く事が出来ない絆と感じました。このような姫君と一緒になれる者は幸せな者と存じます」森之助

 あの状況下で、一瞬の間であったと思う。森之助が晴介と現れた時の場面である。

更科は森之助が、あの瞬間を読取、そう判断してくれた。嬉しかった。涙がこぼれた。

しかし直ぐに、

「……お転婆? そのような事を父がもうしたか?」更科の心の声


「おお。それでは良いとの事じゃな」右馬之助

「はい。有りがたきお話。宜しくお願い申し上げます」森之助

 おおっ。家臣達の歓声があがった。

「これ、更科聞いておるか?」右馬之助

「更科? 泣いておるのか?」


「父上。先程、お転婆と申しましたか?」 更科が頭をあげて聞いた。


「はあ? 何を言っておる?」右馬之助

「森之助殿が、承諾してくれたぞ」


 ……ええ?しまった。聞いてなかった。

 めでたい。めでたい。の家臣達の笑い声が響いた。

 そんな中、ひとり浮かぬ顔をした、右馬之助の横にいた家臣・牧島玄蕃が言った。

「右馬之助殿。あれ程、我が息子大九郎の嫁にとお願い申したでは、ありませぬか?」

「ははっ。そうでござったな。申し訳ござらぬ。でも、こればっかりは、本人の気持ちを無下に出来ぬ故。大九郎殿によしなにお伝えください」右馬之助


 半月後、葛尾城にて、森之助の元服が行われた。相木森之助幸雄改め 相木采女助幸雄うねめのすけゆきおとなった。


 一月後、盛大に楽巌寺城で二人の祝言が行われた。おまさ、お結、お琴、晴介を含め多くの村人達も参加、見学を許された。

村の姫と勇者の結婚式である。

村の全ての者に祝福された。……一人を除いて。

相木方からは、父、市兵衛が参列した。

更科同様、森之助も幼いころに母を亡くしていた。

二人の姿はそれは凛々しく、美しくまるでおとぎ話にでも出てくるような光景に見えた。


「お初にお目にかかる。市兵衛にござる」

「更科に御座います」

「お噂には聞いておりましたが、これほどのお美しいかたとは、おどろいております」

 宴がおわった。

「采女助を何卒、幾久しくよろしくお願い申す」市兵衛

「はい。……でもまるで、森之助様と今生の別れみたいなお言葉ですね」更科 


数日後


楽雁寺城内

がん、がキーン 木刀の音が響く

森之助と更科が稽古をしていた。

それを、お結、お琴が見守っている。


「だめだ」森之助

「何がだめでございますか?」更科

「そう力まかせの太刀では、直ぐに力付きてしまう」森之助

「……そうじゃの」更科

先の戦でも、力付きて腕が動かなくなった

「では、どうすれば良い。森・・采女助殿」更科

「森之助で良い。わしも慣れん」

「良かった。そうじゃろと思っておった。やっぱり森之助が一番似おうておる」更科

「相手の動きを見て、最小の動きでかわすのだ」お結

「その通り。刀で受けるのでは無く、直前でかわす事を覚えるのだ。それには勇気がいるが、かわされた相手は死に体だ」森之助

「お琴殿とお結殿の仕合を見せて頂こう」

「はい。」

お結とお琴が仕合をおこなった。

 カン、・・がきん・・かんかん

二回に一回はお結、お琴がかわす。

「あのように、太刀を毎回受けるのではなく、少しの動きでかわし、流す事で無駄な体力を使う事も無い」森之助

「そうか。今までいつもお結やお琴にかわされておった。そういう事か。では、もう一手、御手合わせを願い申す」更科

「……良かろう」森之助

 また、更科と森之助の稽古が始まった。


「……祝言を挙げた翌日から、毎日、刀の稽古ばかりじゃぞ。あの夫婦」お琴

「更科はよほど、あの戦が悔しかったのであろう。母様を傷つけたしまった事が許せなかったのじゃろう」お結

「あのような師匠が身近に出来たのじゃ。習わぬ手は無いと言っておった」お結

「新婚じゃぞ。他にすることがあるだろうに」お琴

「ほう? お琴も言うようになったの?」お結

「からかうでない。お結」お琴

「姉上と申せといつも言っておるではないか」お結

「これ、二人ともおやめなさい」微笑みながらおまつが言った。

「お世継ぎはまだ、先の話ですかね」


「そのようですね」晴介


「……?」


「晴介? 何故に晴介がここにおる?」お結

「わしは、森之助の見張り番じゃ」晴介

「葛尾城では用無しと言うわけか?」お琴

「うるさい」晴介


しばらくして、更科が身ごもった。

村中にその喜びの知らせが広まった。

 

村と二人は、幸せの中にいた。

しかし、その幸せが、崩れ始めていた。


森之助の父・市兵衛が武田方に寝返った知らせがはいった。


                             第四章 完

 

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