第十一章 山賊との戦い
更科一行は、佐久の領地から武田領地に入っていた。
韮崎村
「孝之進殿、圭二郎殿。森之助殿は幼き頃はどんな子供でしたか?」更科が聞いた。
「あいつは、百姓の我らにも普通に友人として接してくれた」孝之進
「わしは、この孝之進と川で遊んでいた時、足を滑らせて川に落ちてしまっての。そこを森之助に助けてもらった」圭二郎
「この圭二郎は泳げなくてな。わしは泳ぎは得意だったが、圭二郎が抱き着いて来よって、あやうく二人とも溺れそうになった」孝之進
「そこを森之助殿に助けられたと?」
「そうじゃ。我らまだ十歳ぐらいだったかの。それ以来の仲じゃ」圭二郎
「その川は立岩の近くの川か?」更科
「そうじゃ。よく知っておるの?」圭二郎
「森之助殿からよく聞かされた」更科
「そうじゃ。近くに立岩という奇岩があっての。川の名は相木川と言う」孝之進
「よく遊んだものじゃの」圭二郎
「森之助が人質に、村上方に出向く際には、立岩で我ら三人も誓いを立てたのじゃ」孝之進
「誓い?」お結
「そうじゃ。立岩での誓いは願いが叶うと言い伝えられておる」圭二郎
「あっしは森之助殿に聞いたことがある」更科
「ほう。それは何故じゃ?」お琴
「その立岩は古えより、鬼が三匹、それぞれ岩を持って来て、埋めたと伝えられておる。鬼でさえ仲良くしっかりとその岩を固く結び付けて今に至る。それ故、岩の前で誓いをたてると願いが叶うのじゃ」
「なんと誓いをたてられた?」
「我ら、住む地は離れようとも、心は一つじゃと。決して離れる事は無いと。誓った」
「そうか。お主らの絆じゃな」晴介
「そうじゃ。決して我らの心は離れぬ」孝之進
「森之助はあの兄の頼房殿、弟の善量殿と三人でも誓いを立てたそうじゃ。たとえこの先、国が敵味方に分かれようとも、決して争う事はない。助け合うのじゃと。あの兄弟は仲が良い」
「そうか? ならば何故、武田に付いたのじゃ。森之助殿を一人置いて」更科
「それは、今は分からぬ。しかし、大きな理由があるはずじゃ」孝之進
「そうじゃ。森之助を見捨てる訳がない」圭二郎
「だと、よいがの」更科
一行は田畑のあぜ道を歩いていた。
「なんじゃ?何のさわぎだ」お琴
前方の田畑の通りで、村人達が騒いでいる。
子供が切られて、血が出ていた。
「どうした」晴介
「山賊が襲ってきたのじゃ」
身体ががっちりとした村の青年が答えた。晴介たちと同じ歳ぐらいか?
「傷は?」お結
「浅い。大丈夫じゃ。薬を付ければ治るであろう」お琴
「薬? 薬など、この貧しい村にはないわ」青年が答えた。
「村の子供、五人が連れて行かれた」老婆が泣きながら答えた。
「何?」孝之進
「何処へ行ったか分かるか?」圭二郎
老婆が山を指さした。
「あの山の方じゃ」
「よし分かった。助けに行ってくる」更科
「な、なんじゃと? よせ。#女子__おなご__#が行ってはだめじゃ」老婆が答えた。
「何故じゃ」お結
「山賊は三十人はおる。辱めを受けるに決まっておる」老婆
「ほう?山賊は、女子が好きか?」更科
「それは。好都合じゃの。誘い出せるな?」お結
「……お主ら何を言っている? 勝てると思うか? 度々、村が襲われ武田兵でも手を焼いておる山賊じゃ」青年
「お琴は、その子供の治療を頼む」更科
「承知」お琴
青年に向かって、家に案内をさせた。
「行くぞ」更科
「森之助を助けに行くのではないのか?」孝之進
「ここで寄り道をしている場合か?」圭二郎
「森之助殿ならこの状況でどうすると思う?」更科が二人に問うた。
「……そうじゃな。森之助ならほっておくはずないの」孝之進
「……見過ごしては森之助に合わせる顔がないの」圭二郎
「だが、お主らも行く気か? 大丈夫け?」孝之進
「だめだ。我ら男三人で助けに行く」圭二郎
「お前も、……晴介と言ったな。止めろ」孝之進
「一緒に行けば分かる。この娘達の強さを」晴介
「知らんぞ、どうなっても」圭二郎
山賊が子供達を連れて行った山に向かった。
山中 暗闇の中。
焚火がたかれている。
そこに三十人ほどの山賊が居た。
少し離れた場所に子供がおりの中に五人居た。
そして、その近くの木に、浪人らしき者が一人縛られていた。
「ははっ。子供は手に入るし、食料もたんとある」山賊
「子供は、高く売れるぞ」
「それで、こいつはどうします?」
縛り上げらている浪人の事だ。
「こやつ、飯を乞うて来て、恵んでやったのにその恩を忘れて、家来にはならぬと申した」
「なるほど。それでは切り捨てるしかないですな?」
「こやつ、見た目が異人に見える故、旅回りのものに売りつけても良いな。皆、ものめずらしそうに寄ってくるじゃろ。銭になる」
「なるほど。それも良い考えじゃ」
「子供には手を出すな。返してやれ」縛られている浪人が言った。背が異常に高い。
「ほう。まだ自分の立場を理解していないようだな?」山賊
山賊が、縛られている浪人を殴った。
子供達が泣き叫ぶ。
そこへ、暗闇の中から一人の娘が現れた。
「何か、恵んでは下さらぬか?」下を向いて顔はわからぬ。
「おお。若い娘ではないか?」
「おお。これは、これは、何故、このような山奥に娘さんが?」
男たちが、その娘に皆寄って集まって来た。
子供達から目が離れた。
檻をあける。
「しっ。声を出すな」孝之進
圭二郎が、浪人の縄をほどいた。
「どれどれ。娘さん。きれいな顔を見せてくれぬか?」
「ここにおられる方々が皆さま全てでございますか?」その娘が下を向いたまま聞いた。
「いや、見張り番があと少しおるがの? それが? どうした」
更科が顔を上げた。
「うわー。鬼女だ。出たー」山賊たちが一斉に声を上げて逃げ出した。
更科が、白粉を付けて化けていた。
「あわわ」腰を抜かして逃げる山賊
「この化け物め」刀を振りかざして一人が向かってきた。
一閃、更科が刀を抜いた。
山賊が倒れる。
「に、逃げるな。こ、こやつは人じゃ。切れっ」
逃げ出していた山賊達が、我に返り刀を抜いた。
そこを晴介が木陰から出て来て切りかかる。
「ぐわあ!」
孝之進、圭二郎も素手で、体当たりで山賊を倒す。
「おーりゃ!」 次々と山賊を倒していく。
お結が子供達を連れて、守っていたが、子供一人が捕まった。
見張りのものが騒ぎを聞きつけて戻って来ていた。
「待てい。この子供がどうなっても良いか?」山賊の棟梁らしきものだ。
「しまった」
お結が刀を置いた。
お結の首に刀を突き付けらた。
「貴様らただではすまさぬぞ。この娘の命おしくば、刀をおけ」
「更科。わしはどうなっても良い。戦え」お結
更科が刀を捨てた。
「……更科?」晴介
「更科。駄目じゃ。森之助を助けるのではないのか?」お結
「お結。お主も大事な家族じゃ。お主を見捨てる訳にはいかぬ」
「更科……」
お結が懐から、紙包みを出した。
「お結。何をする。駄目じゃ。よせ」更科
毒薬である。おまつからいざという時は自害せよと渡された物だ。
「よせ。お結。辞めろ」更科が叫んだ。
ピー。ピー。・・ピー。
その時、下手くそな指笛が鳴った。
更科とお結はすぐに気がづいた。
お琴だ。
お琴が来た。
お結は、首を少し傾けた。
そこへ、弓が飛んで来た。
お結を抱いていた山賊の頭に弓が刺さった。
そのまま倒れた。
更科とお結は刀を拾い上げ、再び山賊を切り始めた。
お琴の弓が、次々に山賊を倒す。
お琴と一緒に、あの村の青年も一緒に来ていた。
その青年も素手で山賊を殴り倒している。物凄い力だ。
その青年が、立木を脇でつかみ、根元から引き抜き、頭上高く持ち上げ、振り回し始めた。
これには、力自慢の孝之進、圭二郎も驚いた。
「ば、化け物か? やつは?」
まして、その木で殴り倒される山賊は見事に吹き飛んだ。
縛り挙げられていた、浪人も、山賊を倒していた。
戦いが終わった。そこには三十名程の山賊が倒れていた。
「兄ちゃん」おりに入れられていた一人の子供が、青年に抱き着いて来た。
「おお。やす。無事か?皆も無事か?」
泣いていた子供達に笑顔が戻った。
青年が更科達に向かって礼を述べて来た。
「ありがとうごぜえました。本当に。はなも薬を塗ってもらい。こうして皆も助けてもらいって、何と言っていいやら」
「おめえ。えらい強いな?」圭二郎
「木を引く抜くなんて普通出来んぞ」孝之進
「見ず知らずの百姓をお助け下さるとは。おめえさんたらどこの方達だべ?」青年が言った。
「すまぬ。それは言えぬ」更科が答えた。
「おおお・・」
更科の白粉をぬった顔を見て、青年はびっくりした。
山中での戦いが終わり、夜が明けようとしていた。
子供達を連れて村に帰った。
「おっかあ!」
「あとう!」
「母ちゃん」
子供たちが大声で村に駆けていった。
村人達が、村中が歓喜に溢れた。
「本当にありがとうございました」
「あの山賊たちを皆、倒したじゃと? 信じられねべ」
「すると、もう山賊は来ねえのか?」
「ありがてえ!ありがてえ!」
「もう、つらい思いはせんでええのか」
「せめて。お名前だけでも」老婆が言った
「すまぬ。言えぬのだ」
「孝之進殿。あれを」
孝之進が、袋を老婆に渡した。銭だ。頼房が更科達に渡したものだ。
「こ、これは。こんなに」青年
「わしらには。もう必要のないものじゃ。村の皆で使ってくれ」圭二郎
「必要ないもの?」
「わしらの目的地はもうすぐそこじゃ」
「待ってくれ。わしも連れて行ってくれ。わしも何かの役にたつじゃろう」その青年が言った。
「恩を返させてくれ」
皆、あの怪力ぶりを目のあたりにしている。仲間に加われば頼もしい限りだ。
「ならぬ。帰り路が無い旅じゃ。村に残れ」更科
「……ならば尚更。わしは丹羽直次郎と申す。受けた恩は生きているうちに返すがどおり。付いてまいります」
「……」晴介
そして山賊に囚われていた浪人も
「我も家臣にしていただきとうございます。お助け頂けなければ無かった命。この先は家臣として、お役に立たせて頂きたく存じます」
「お主は異国の方か?」お琴
「いえ」背が異常に高い浪人が笑って答えた。
「藤村十兵衛明石と申す」
「先の無い短い旅じゃと言うておろう。ならぬ」更科
「……ではなおの事、短き間だけでもお役に立たせていただきとう存じます」
更科の人柄である。人を引き付ける魅力があった。
「好きにせい」晴介
そうして、躑躅ヶ城館を目前にして更科一行は八名になった。
第十一章 完
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