第九巻 人間は怪異になれても、怪異は

 ヨホロはロングパーカーのベルトを靡かせながら駆けた。怪訝そうに見てくる生徒たちを見遣りながら、不思議そうに言った。


「人間は怪異になれても、怪異は人間になれない」


 俺は口を閉ざしたまま、彼の背中を見つめる。

 暫くして、俺は重たい口を開いた。


「それは——」


 階段を登り切った時、突然目の前に栗色の髪の生徒が現れた。避けようがなく、思い切りぶつかる。

 すぐに俺は「大丈夫? ごめんね!」と頭を下げると、尻餅をついた彼女は笑った。


「いてへへへ」

「君は……」


 耳下で二つ結びをした女子高生は、吹っ飛んだ赤縁の眼鏡を拾った。それを掛けると、俺の方を見る。


「すみません」

「いやいや、俺の方こそ走っててごめんね」


 俺は彼女の手を取った。ざっくりと見る限り、彼女に大きな怪我はなさそうだ。よかったと安堵する。

「おい」ヨホロが声をかけてきたが、ひとまず無視をした。

 彼女の首元に赤い痣が見えたからだ。


「首、どこかにぶつけちゃったんかも。痛い?」


 心配するように声をかけると、彼女は首を横に振った。


「痛みはないので大丈夫です。あなたの方こそ、怪我はありませんか?」

「あ、俺、体が丈夫なんで、全然平気で……」

「それならよかった」


 彼女は微笑んだ。

 すると少し離れたところにいる女子生徒が、彼女の名前を呼んだ。「稲生いのうさん、先に行きますよー」


「後輩が待ってるので、ここで失礼しますね」と言って、去っていった。

 奥底に閉まっていた記憶にかすめる笑顔と声。

 俺はその断片に「まさか」と「そんなはずはない」という気持ちに挟まれながら、彼女の背中を見つめた。


「知り合い?」

「……いや」

「ロクマンは嘘が下手だ」

「ロクマンって……俺のことか」


 顔をげっそりとさせた。

 俺たちは再び歩き出す。


「で、どんな知り合い? ただならぬ関係?」

「ただならぬって……昔の同居人に似てる気がしただけだよ」

「気がした? でも、本当は——」

「違う……!」


 語気が荒ぶる。

 そんな俺にほんの少し驚いたのか、ヨホロは目を点にした。だが、すぐに面白そうに表情を緩ませる。

 それがムカついた。


紅音べにおは、死んだんだ」

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