第四巻 どうやら女性にモテモテのようですが

 学校に着いてから、トイレでこっそりと腹部を見てみる。そこには赤い痣ができていた。少しでも腹に力を入れたら痛むわけだ。

 今まで通り授業を受けて、昼ご飯は学食で友人と食べて、午後からは体育の授業を受ける。

 視線を感じながらも、俺は知らない、気づかないフリをした。それがベストだと思った。

 でも、その視線はずっと続く。

 全ての授業が終わり、友人は部活動へ向かった。

 俺は部活に入っていないから、帰り支度をして、スマートフォンで制服の動画を見ながら、教室から出ようとした時だった。


「よー。たい焼き頭」

「だからミルクティーベージュだって言ってんだろ!」


 聞いたことのある言葉に、思わずツッコんでしまった。

 ドアを塞ぐように立つ男は、朝、出会った男と同一人物だった。ツーブロックの黒髪に、キラリと左耳のイヤリングが揺れる。なぜか、たい焼きを食べていた。


「って、違う! 何で君がここにいんの⁉︎」


 スクールバッグを抱きしめ、一歩足を引く。

 彼は持っていた紙袋からたい焼きを取り出し、愉しそうに笑った。


「上手く人間に溶け込んでんね。見つけるのに苦労した」

「無視⁉︎ てか、いつまでもたい焼きを食い続けんな!」

「あー。怪異を逃した責任をとってもらおーと思って。わざわざ来てやったんだ。感謝しろ」

「はあ⁉︎ 俺は関係ないだろ⁉︎ か、怪異とか意味わかんないし、とにかく俺を巻き込まないでよ!」


 俺はもう一方のドアから教室を出た。

 彼から逃げる。全力で走る。逃げ足の速さだけは自信があった。

 大きく跳んで、階段を一気に降りる。廊下に人がいても、上手く避けながら走り、校舎を出た。

 振り返ってみても、あの男の姿はない。

 足を止めて、逃げ切ったかと胸を撫で下ろした直後、目の前に何かが落ちてきた。


「おめー、身体能力がパネー」

「……」


 たい焼きを頬張る、あの黒髪の男だ。太腿辺りにあるホルダーが、妙に目につく。

 まさかと思い、校舎を見上げてみると、三階の廊下の窓が開いていた。


「まさか、三階の窓から降りてきたとか言わないよね」

「そー」

「君……」

「何?」


 男は小首を傾げる。左耳のイヤリングが揺れた。


「空飛ぶ妖怪め!」

「は?」

「悪霊退散!」

「は?」


 スクールバッグに付けていた交通安全のお守りを引きちぎり、男に投げつけた。

 俺はその隙に全速力で校門に向かって走る。

 校門を跨いだ時、その側に見慣れない制服を着た女子が立っていた。

 赤いラインが入ったチェック柄のスカートと胸元のリボン。黒のジャケットには銀のボタンが輝く。

 ——綺麗だ。


「追われて大変そうね。私が助けてあげるよ」


 癖のない黒い髪を後ろに流し、彼女は微笑んだ。

 ——可愛い制服!

 と、トゥンクさせながら、安易に差し出された彼女の手を取った。

 すると、世界が暗転する。


「つーかまえた」

「え?」


 人形のように、彼女はカタカタと笑った。

 何が起きたのかと、俺は瞬きを繰り返す。

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