第十九巻 七人御先は、決して救われないから

「依存されたら困るからじゃないのか」

『だから、どうして!』


「そろそろいいか。つまらなくなったし」ヨホロがその手に力を込めた時、俺は尻尾を彼の頭に巻きつけた。

 無力化した今のしまなら殺すことは容易いだろう。だが、俺がさせない。


『お、俺の考えだけど。それは七人御先しちにんみさきとして、長くいてほしくなかったからじゃないのかな。だって、やっぱり親としては、娘には幸せに……世界で一番は無理かもしれないけど、人並みの幸せくらいは掴んでほしい……と願ってるイメージがある』


『親になったことがないから、本当にイメージだけど』ぎゅっと尻尾に力を込める。

 直後、苦しかったのか、ヨホロがようやく嶌の頭から手を離し、代わりに俺の尻尾を引き剥がし始めた。

 とはいっても、些細な力だ。殴る蹴るは強くても、力自体は一般的なのだろう。可愛いものだ。


『でも! 小さい頃に死んだお母さんに言いたいなんて、たくさんあるに決まってるじゃない! ちゃんと言ってくれないと何も言えない!』

「何も聞きたくないだろ。どんな理由であれ、親が早く死ねば子どもが大変なのは目に見えてる。子どもの恨み言なんて聞きたくないよ」


 ヨホロは自分の意図を邪魔されたことに気づいており、俺を殺さんばかりに睨んでいた。

 不思議な気持ちだ。

 なんやかんやで、いざという時に助けてくれた。なぜ助けてくれたのか、イマイチわからないが。

 今だって、ほら。

 嶌の感情の激動で影響を受けた空気が、俺を押し潰さんとしている——


『た、助けてくれないの⁉︎』


 これが重力とは異なる怪異の力とは。肺が押し潰されるようだ。空気が吸えず、苦しい。

 ヨホロは俺の頭に腰掛けて、三本目の煙草に火をつけている。


「もしかして僕に助けてって言ってる?」

『あああああもう! 君を信じそうになって損した! もう二度と信じるもんか!』

「……」


 骨がミシミシと鳴っている。このままでは肋骨が折れて、肺に突き刺さりかねない。簡単に死なないだろうけど、苦しみながら死ぬのは嫌だな。

 鍛冶場の馬鹿力を発揮して、爪を立てて、四肢に力を込める。

 額に冷たい手が乗る。


獄丁ごくていになるってんなら助けるよ」


 穏やかな声色。でも、もう騙されない。


『嶌さん! お、落ち着いて! そんなに話たいことがあるなら、俺がその呪いを解いてあげる!』


 目と目が合わなければ、化け猫のとっておきの力は扱えない。

 俺の言葉を聞いた嶌は、すぐに顔を上げた。泣き顔を隠さずに、一直線に俺を見て、目を点にしていた。


『ほんと?』

『化け猫の本来の力ではないけど、俺特有のとっておきの中のとっておきの力があるんだ』

『そうやって騙そうとしてるんでしょ‼︎』


 重圧が更にのしかかる。

 爪が大地に深く突き刺さり、人生で初めてひび割れた大地を見た。ひびが広がっていく。大きな音を立てて、体が大地に沈んだ。


「せっかく丁度いい椅子があったのに、これじゃあ椅子にならない」

『椅子って言うけど、それって俺の頭のことだよね⁉︎』


 不満を口にするヨホロは、完全に俺の頭に乗っていた。

 どうして俺ばかりが痛い、苦しい思いをして、ヨホロは平気そうにしているんだ。彼の涼しい顔を見てると腹が立ってくる。

 トンッと、彼は軽々に降りた。短くなった煙草を捨て、それが地に落ちるより早く嶌は彼に蹴られていた。

 途端に体が軽くなる。


「僕の椅子が壊れちゃうでしょ?」

『俺は椅子じゃない‼︎』

「で、ロクマンのとっておきの力って?」

『改めて言われると何か恥ずかしい!』

「そんなのいいから。何? もしかして僕の力を貸してほしい?」


 捨てられた煙草の火を前足で消していると、ヨホロはポケットに両手を突っ込んだまま歩み寄ってきた。

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