第六巻 たい焼きがお好きなんですね
突然、辺りに冷気が漂った。
足元に落ちてきた、綺麗に折り畳まれたゴミ。それは黒髪の男が食べていた、たい焼きの紙袋だった。
「やーやー初めまして。ストーカーに殺された、
今日ですっかり覚えてしまった男の声。
暗転した世界に平気そうな顔で降りてきた姿を見て、「またお前かー‼︎ ゴミのポイ捨て反対ー!」と、つい叫んでしまった。
彼女は名前を聞いたあと、牙を首から離した。眉間に深く皺を刻み、不愉快な表情を浮かべて、男を睨みつける。
「私の領域に入ることができて、名前まで知ってるなんて。そこまで有名になったつもりはないけど。アンタ、何者?」
可愛らしかった声がドスのきいた低い声になる。その変貌ぶりに、俺の方が体が震えた。
ポケットに手を突っ込み、男は口元に薄らと笑みを浮かべる。
「おめーが食べたいって言ってた獄丁」
「アンタが? 嘘をつくな。アンタからは美味しそうな匂いが全然しない」
彼女は男と面向かう。食事の邪魔をされて不機嫌みたいだ。
今のうちに逃げようとしたが、体が動かなかった。よく周りを見渡してみると、俺の影が彼女の影に捕まっていた。
薄々気づいてたけど、彼女も人間じゃないことが確定だ。
「匂いを安易に出すような獄丁はただの見習いっちゃろ」
「じゃあ、この男は見習いってこと?」
「まー、そんなもん」
話が勝手に進む。
聞き捨てならぬぞ。
「待って! 俺、獄丁の見習いじゃないんですけど‼︎」
勝手に見習いにしないでいただきたい。
泣きべそをかいてると、男は立てた右足のつま先をコンクリートに突く。
「目標物じゃねーけど、
「軽々と言うセリフじゃないでしょ!」
「ハッ!」思わずツッコんでしまった。
男は、息を思い切り吸い始めた。そして、聞いたことのない〝声〟を叫んだ。
「キィィィィィィィィィィィィィ‼︎」
俺は白目を剥きながら、両手で耳を強く抑える。黒板を引っ掻く音よりも酷い。
次第に頭がガンガンして、視界がクルクルと回る。今まで味わったことのないくらいの気持ち悪さだ。
力なく倒れていると、矢戸尾ことりが目前を吹っ飛んでいった。
まるで新幹線が目の前を走ったんじゃないかと思うくらいのスピードで、俺のミルクティーベージュの髪が揺れた。
「え、ちょ、何が起きとん」
首をガクガクと震えながら向けると、彼女は向かいにある家の塀で転がっていた。しかし、強い衝撃だったのに、塀には傷ひとつ付いていない。
男は脚にある黒いホルダーから自動拳銃を取り出した。
そして、躊躇なく、横たわる
「ああああああ! 人殺ッ……人? 殺し‼︎ ガンホルダーに拳銃とか、銃刀法違反だ! 殺人事件だ!」
「それは人間の世界の話っちゃろ」
「は?」
「僕、獄丁だし。相手も怪異だし。人間のルールに関係ないし」
「いやいやいや。今お巡りさんがいたら、確実に捕まるから」
「捕まんねーよ。ここ怪異の領域だから、普通は人間が入れないし」
「はい?」
頭が追いつかない。
「人間の建造物が壊れてないっちゃろ? 怪異側の領域にいる証拠だ。おめーも」
「いえ、知りません」
キリッ。
彼の言葉に被せてやった。先手必勝。
「そういえば、僕の血を飲んだっちゃろ。おめーの体から僕の匂いがする」
「僕」?
極悪そうな面で、言葉遣いも乱暴なのに、自分のことを「僕」呼びですか。今更ながら気になりだした。
暫く俺は怪訝な目つきをしていたが、ふと思い出す。
「……血って言った?」
「言った。おめーから獄丁の血の匂いがするから、怪異に狙われたわけ」
「まさか、その血って……」
今朝、血を飲んでしまった記憶が、頭の中に鮮明に流れた。
「僕が七人御先の二人を追ってる時。怪我してたんだけど、偶然にもアホ面したおめーが吐き出そうとしてたのを見た」
「はっ⁉︎ 空を飛んでたシャチの血か! って、君があのシャチってこと⁉︎」
「そー」
すると、突然どこからか時代劇のオープニング曲が流れてきた。
「え、何、この古い曲」
「悪い、冥王から電話だ」
そう言って、男は首に掛けていたヘッドホンを耳に当てる。
「そのヘッドホンって、スマホなん?」
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