第二十四巻 普通の人間になりたかった
「うっ……うわぁ……」
悲しくないのに、自然に涙が溢れてくる。
本当かどうかわからない。
あんなに優しい心を持っていた人が、悲劇を生み出す存在になっているなんて信じられない。
でも、もし真実ならば。
「何で……そんなことするんだよぉ、紅音!」
信じたくないけど、知りたい。ちゃんと聞きたい。
俺は紅音を信じて、言いつけを守って、人を傷つけず、殺さず暮らしていたのに。
君は俺を裏切ったのか。
人間は、悪い奴もいるけど、良い奴だっているじゃん。
「そう教えてくれたのは……信じさせてくれたのは、紅音じゃん」
涙が止まらなかった。目元に腕を置いて、ひたすら泣いた。
どうして涙が出るのかわからないから、どうしたら涙が止まるのかわからない。
すると、寝転がる俺の腹元に何かが当たった。
俺の傍にヨホロが背を向けて座っていた。
「ヨホロ……?」
心配してくれてるのか。
「別に泣くのはかまわねーんだけど、人間たちが見てるの、恥ずかしくない?」
「は?」
気づいたら、学校の生徒がひそひそと声を顰めて囲んでいた。
「あれ? 冥王様は? 怪異の領域で戦ってたんじゃないの? 怪異の領域なら人間には見られないんじゃあ……」
「冥王はとっくに帰った。怪異の領域は、おめーが
「ええええええええええええ⁉︎」
衝撃的な事実に心臓が飛び出るかと思った。
俺はすかさず立ち上がる。体が痛むが、早く学校から出なくては。
俺らはただの不法侵入者だ。
「ヨホロ! 逃げるよ!」
ヨホロの同意を聞かずに、彼の手を取って走り出した。
「何で逃げるの」
「俺らが不法侵入という罪で、警察っていう人間版の獄丁に捕まりかねない状況だからだよ!」
「じゃあ、シャチになるか」
「馬鹿なこと言ってないで走れ! 人間にシャチの姿がバレたら、違う意味で捕まっちゃうよ⁉︎」
「めんどくさー」
もう元には戻らない。
だから、俺は立ち向かうことも、逃げることもできるように立ち上がるんだ。
「時成が元気そうで、私も嬉しいよ」
紅音のような声が聞こえた気がして、思わず振り返ってしまった。
視界に映るのは、男性教員がこちらに向かって走る姿だけ。
「ロクマン、逃げるんじゃなかったの? あー! 殺しちゃう?」
「殺しません‼︎」
このお馬鹿!
相変わらずヨホロの口の悪さは治っていない。
これが本当に紅音の魂を持ってるなんて信じたくないけど、ヨホロはヨホロだ。
校門を通り過ぎ、山まで戻ってきた。
ヨホロは茂みを指差す。
「人間に見られなければいいんっちゃろ? 木の影に隠れたらシャチになってもいいんっちゃろ?」
「え、まあ、バレなきゃいいけど」
いいけども。
何か嫌な予感しかしない。
突然、腕を掴まれた。
「ほい!」
「ぎにゃあああああああ‼︎」
木の茂みに投げられ、ヨホロも飛び込んでくる。
一瞬でシャチの姿になって、口で咥えた俺を放り投げて、背に跨らせた。
『しっかり捕まってろ。逃げるぞ』
「ちょっと激しすぎませんか‼︎ 仮にも俺、怪我人なんだけど‼︎」
『早く逃げる為だ。我慢しろー』
思い切り空へと跳ぶ。
山の上に飛び出し、木々で遮られていた視界は広がった。
「お、おお!」
夕陽がキラキラと輝いているようだった。
いつも見上げる空は山やビルや背の高いものに遮られる。
でも、山より上から眺める空は、自分が小さく感じるほど広くて、写真や動画で見るよりも綺麗だった。
そしてそこで吸う空気が、なによりも美味い。顔に当たる風が気持ち良い。
「おおおおお‼︎ 夕焼けがめちゃくちゃ綺麗じゃん! や、ヤバい‼︎ めっちゃ感動する‼︎」
『こんなのいつもの空となんら変わらないよ』
すっかり人間に追われていることを忘れていた。
ただ俺は普通の人間になりたかっただけなのに、真実は残酷だ。
涙が止まらない。
化け猫怪異奇譚 蒼乃悠生 @kadonashiao
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