第二十一巻 その言葉が重たくて嫌いなんだ

 しまの顔は安らかに見えた。初めて人間としての嶌を見た気がする。


「殺して」


 全てを悟ったような表情だった。

 今まで置かれていた状況。そして放っておいたらどうなるか。その為にどうしたら楽になれるのか。

 たった一言が重い。

 だから、嫌いなんだ。


『いいの?』

「血管に這い回る寄生呪きせいじゅが気持ち悪いのよ」

『痛いかもしれないよ』

「もう心まで支配されたくない。あたしはあたしなのに、あたしじゃなくなるのは、もういや」

「ロクマン、早くしろ! こいつすばしっこい‼︎」


 寄生呪の仮面を押さえつけているヨホロが叫ぶ。


「助けて」

『でも……』

「そしたらあなたの大切な人を助けることにも繋がるのよ」


 彼女の視線の先には、横たわる花中がいた。


『殺したくは、ないんだ』

「わかってるわよ。とんだお人好しの化け物がいたものね」

『ごめん』

「謝らないで。これで七人御先しちにんみさきにも、お母さんからも、寄生呪からも縛られずに済むなら幸せよ」

『だって……! 幸せの形なんて他にも』

「ないわ」


 俺の言葉に覆い被せるように、彼女は断言した。


「いじめる奴らから命令されて、あたしが屋上から飛び降りた時から……もう幸せなんて掴めるわけがない」

『でも君にも幸せになれる権利があったはずなんだ! それなのにこんな終わり方だなんて……悲しい、寂しすぎるよ!』

「化け物のくせに人間が好きなの?」

『紅音っていう人が、野良猫の俺を拾って、たくさん愛してくれたんだ。大好きだから、彼女の言いつけは守りたい』

「言いつけなんて破る為にあるのよ」


 彼女はクスリと笑う。


「殺して」


 心の底から安堵した表情だった。

 今日初めて会ったのに、とても綺麗だった。


『おやすみ』


 額に優しいキスを。

 そして、俺は根街ねがい嶌を











 喰らった。

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