第8話 朝ごはん

 聖矢せいやは頷くと、一旦大矢おおやから視線を外したが、またすぐに大矢を見て、「手伝ってもいいですか?」と、ためらいを感じさせるような口調で訊いてきた。


「ああ、いいよ。家でも手伝ってるのか?」

「いいえ。台所に入ると、叱られます」

「そうか」


 大矢がキッチンへ向かうと、聖矢も後からついてきた。手順を伝えて指示をすると、ちゃんと出来ていた。


「聖矢。ありがとう。おいしそうだな」


 椅子に腰を下ろしてから、大矢が言うと、聖矢は微かに頷き、「いただきます」と言って、食べ始めた。


 彼は、ゆっくりゆっくり、少しずつ少しずつ口に運ぶ。そして、何度も何度も咀嚼する。食事が楽しくないんだな、と大矢は思った。だから、こんなにやせ細っているのか、と納得した。


「聖矢。無理に全部食べようと思わなくていいから。今、食べられるだけ食べればいい」


 大矢が言うと、目を伏せたまま箸を置き、


「すみません。これが限界です」


 半分食べたか食べないか、といった量だった。食べることにストレスを感じているとわかった。


「いいさ。無理しちゃだめだ。ここでは、自分の思う通りにやればいい」

「自分の……思う通り……」

「オレは、おまえを怒ったりしない。約束する」


 聖矢は顔を歪めたが、泣き出しはしなかった。大矢がお茶をいれて出すと、湯飲みを手にして少し頭を下げた。お茶を口にすると、少しだけ表情が和らいだ。それを見て、大矢は安堵の息をついた。

 お茶を飲み終わると、聖矢は立ち上がり、


「洗ってもいいですか?」

「洗うのも許されてなかったんだな」

「はい。台所の出入りが禁止でしたから」


 小さな声で、そう言った聖矢の言葉に、大矢は胸が痛んだ。


「洗ってくれたり、料理を手伝ってくれれば、オレはすごく助かる」


 大矢の言葉に、それまで思い詰めたような表情をしていた聖矢が、笑顔になった。それを見て大矢は、目を見開いた後、思わずぎゅっと抱き締めてしまった。驚いた聖矢は、「大矢さん?」と言ったが、逃れようとはしなかった。


「ごめん。おかしいよな。だけど、こうしないではいられなかったんだ」


 しばらくして聖矢から離れると、大矢はもう一度、「ごめん」と言った。聖矢は、「いいえ」と、やはり笑顔で言った。大矢は、胸が高鳴っているのを認めるしかなかった。


(何だ、この気持ちは。輝夜かぐやに似てるからか? でも、待て。この子は同性で、しかも未成年だ)


 大矢の頭の中は、混乱していた。

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