第12話 いら立ち

 部屋に招き入れると、津島つしまをリビングのソファに座らせた。聖矢せいやはリビングまでついてきたものの、またトイレに駆け込んでいた。それを、津島は黙って見送っていた。


 案の定、さっきと同じような苦し気な声が聞こえてきた。津島は、真顔のままで何も言わない。大矢おおやは、津島の横にやや乱暴に座ると、目つきをきつくして、


「さっきから、あの調子です。先生と電話で話してからずっと、です。

 先生。他人のオレが言うことじゃないですけど、先生は、親の責任を果たしてくれたんですか? 何であの子は、声も出さずに泣くんですか? 話す時も、人の顔色を窺うし、自分の意見を言ったらいけないと思ってるみたいです。

 あの子は、普通に生きてきたんですか? 引き取ったのに、責任を取ってくれなかったんですか? それは、どういうことですか?」


 大矢の言葉に津島は、「そうですね」と言った。その時、聖矢が出てきた音が聞こえた。大矢は津島に、「失礼」と声を掛けてから、洗面所に向かった。


「聖矢。大丈夫か?」


 大丈夫ではないと知りながら、他に言うべき言葉が見つからない。そんな自分にいら立ち、大矢はつい舌打ちしてしまった。すると、聖矢はびくっとして、体を固めてしまった。大矢は、あわてて、


「ごめん。違うんだ。オレは、自分が嫌になっただけなんだ。おまえにいら立ってる訳じゃない。そんな顔しなくて大丈夫だから」


 自分のうかつな行動に、腹が立った。大矢が手を伸ばしても、聖矢は手を出してくれない。大矢が一歩近づくと、一歩下がった。顔には、出会った時と同じような、恐怖の色が見て取れた。


「聖矢。ごめん。オレが悪かった」


 言って、大矢は聖矢の腕を無理矢理に引いて、強く抱き締めた。彼は、「離して」と、小さな声で言ったが、離さなかった。その内に、聖矢の力が抜けて来て、頭を大矢の肩にもたせ掛けてきた。


「大矢さん。ごめんなさい」


 泣きそうな声であやまってきた。大矢は首を振って、「おまえは何も悪くない」と囁くように言った。


「聖矢。とりあえず、寝室に行こう。おまえは、ちょっと体を休めた方がいいと思う」


 聖矢の頭を軽く撫で体を離すと、大矢は聖矢の手を、しっかりと握った。

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