第2話 家出

 大矢おおやは、もう一度よく顔を見てから、少年のそばに立つと、


「ここ、座ってもいいですか」


 丁寧な口調で言ったが、少年は、急に声を掛けられて驚いたのだろう。食べていたサンドウィッチを喉に詰まらせて、むせ返った。大矢が、あわてて彼の背中を叩いてやると、少年は恐怖の色をたたえた目で大矢を見てきた。


「ごめん。君があんまりつらそうだったから。よけいなことしたみたいだね」


 どうやら、触られることが怖いらしい、と大矢は理解した。


 許可はされなかったが、少年と少し距離をおいて、ベンチに座った。少年は、さらに隅っこの方へ移動した。大矢は肩をすくめた後、何も言わず少年の様子を窺っていた。


 少年は、残りのサンドウィッチを時間を掛けて食べ終えると、パックに入った飲み物を飲み始めた。

 大矢は、なるべく何気ない風を装いながら、


「君。それ、夕飯か?」


 大矢の問いに、少年は、やはり驚いたような表情になったが、ストローをくわえたまま、頷いた。


「家に帰らなくて、大丈夫なのか? それとも、これから塾に行くとか?」


 少年は、首を横に振った。


「じゃあ、家出か?」


 何も答えなかった。答えないということは、そうです、と言ったのと同じだ。


「今夜はどうするつもりだ? 行く当てはあるのか?」


 少年は何も言わず、ただ大矢を見るばかりだった。


「それじゃ、交番に行こう。家出少年を放っておけないからな」


 大矢の言葉に、少年は目を見開いた後、首を勢いよく振った。そして、「やだ」と、やっと聞こえるような小さな声で言った。


「そうか。嫌なんだな。じゃあ、うちに来るか? 君、名前は? あ、そうか。オレがまず名乗らないといけないな。オレは、大矢おおや湘太郎しょうたろう。君は?」


 少年の顔は、見れば見るほど、かつて知っていた女性に似ている、と思わされた。大矢は、この少年が、あの女性の子供なのではないかと思い始めていた。

 少年は、何も答えずに黙っていた。大矢は息を吐き出すと、


「じゃあ、仕方ないな。勝手に付けるぞ。そうだな、『星野ほしの聖矢せいや』。どうだ? いい名前だろう」


 少年は、やはり何も言わない。


「とにかく、オレは君を聖矢と呼ぶからな。じゃあ、聖矢。オレの家に行こう。ついておいで」


 さっき背中を叩いた時、恐怖の表情になったので、大矢は、彼を促すだけで、手を取ったりはしなかった。彼は、カバンを肩に掛けると、ゆっくりと立ち上がり、大矢を見上げた。

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