第17話 涙の理由

「今朝、オレが泣いてたの、おまえ見ただろう。何か訊かれるかと思ったけど、見なかったことにしてくれるんだな。優しいよな、おまえ」

「それも……聞いたことがない言葉です。僕、優しいんですか? 僕はただ、よけいなこと言ったらいけないと思って……」

「でもさ、本当はちょっと寂しかったな。訊いてほしいって気持ちが、どこかにあるんだろうな。泣き言を聞いてほしいって気持ちが」

「僕でよかったら、聞かせて下さい。どうして、今朝は泣いてたんですか」


 

 聖矢せいやの質問に、うっかりまた涙が流れ出しそうになった。が、必死でこらえて、


「お袋の夢を見たんだ。あの人は、オレが十歳の頃に出て行った。オレの知らない男の所に行っちゃったんだ。

 親父は、仕事人間で、朝から晩まで働いてた。それも、楽しそうに。お袋は、たぶん、寂しかったんだろうよ。夢の中で、最初オレは、彼女の気持ちに対して、わかるよって、そういう感じだった。だけどさ、いきなり感情が溢れ出してきたんだよ。小さい頃の、オレの哀しさ、寂しさみたいなものが。それで、オレは彼女を詰った。彼女は、「ごめんね」って、何度も言った後、『しょうちゃん。大好きだからね』って、抱き締めてくれたんだ。その温かさ。心が氷解していく感じだった。だから、泣いてたんだ。で、目を覚ましたら、おまえがオレの手を握っていた。それはそうだよな。寝る前、オレたち、手を握り合ったんだから。だけどさ、おまえのその手の温もりが、オレにあんな夢を見させたんだと思う。オレは……」


 そこまで言って、さすがにためらった。昨日の夜出会ったばかりの少年に、自分は何を言おうとしているのだろうか。

 大矢おおやは首を振って、聖矢から離れた。そうされて、聖矢は戸惑いの表情を浮べて、

「大矢さん?」と言った。


「オレは、馬鹿みたいだ。おまえに、何を言おうとしたんだ。だめだ」

「大矢さん。何て言おうとしたんですか? 僕は、続きが聞きたいです」


 真剣な目で見られて、大矢は目をそらすしかなかった。


「大矢さんは、言ってくれましたよね。ここでは、おまえの思う通りにしていいって。言いたいことを言っていいって。言ってくれましたよね。じゃあ、大矢さんが見本になってください。

 大矢さんは、何を言おうとしたんですか」

「ごめん。これは、たぶん言わない方がいい気がする」

「言ってみてください」


 繰り返し言われて、大矢は諦めた。深呼吸をしてから、聖矢のそばに戻り、手を握った。

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