第16話 思うままに

 寝室に行くと、聖矢せいやは相変わらずタオルケットを頭から被っていた。大矢おおやが、「聖矢」と呼ぶと、顔を少しだけ出した。


「先生は?」

「今、帰った」


 大矢の言葉に、聖矢は小さく息を吐き出した。大矢は、聖矢のそばへ行き、


「先生は、わかってくれた。おまえの言ったこと、全部認めてくれたから。ここから出て行かなくていい。当面は、オレと一緒に暮らしてくれ」

「いいんですか。ここにいて。先生が、そう言ったんですか」

「そうだよ。学校はやめさせてくれるし、家に帰って来なくてもいいって」

「先生が……」


 大矢は、自分の親を、先生と呼ぶ聖矢が、かわいそうになった。それだけ、二人の関係に距離があるということだろう。


「聖矢。ここにいていいことになったんだから、わかってるよな。ここでは、おまえの思ったことを口にしていいし、やりたいことをやっていい。今までどうだったか想像するしかないけど、オレに遠慮しなくていいからな」

「僕……そう言われても、どうしていいのかわかりません。あの……今までは、なるべく家族と目を合わせないようにしよう、とか、しゃべらないようにしよう、とか、それくらいしか考えて来なかったんです。だって、これ以上、あの人たちに嫌われたら……」


 泣きそうな顔をしていたが、必死でこらえているようだった。大矢は、聖矢をタオルケットごと抱き締めた。


「聖矢。今までがどうでも、関係ない。これからのことは、ここでゆっくり考えればいい。オレは、絶対におまえを急がせないから。だから、そんな顔するな」


 大矢が言うと、聖矢は首を傾げた。


「えっと……どんな顔してますか?」


 大矢は聖矢の眉間に人差し指を当てると、


「ここに皺が寄ってる。それから、今にも泣きそうだ」

「もう、泣きたくないんです。それなのに、どうして僕は、こんな顔をしてるんでしょうね」

「ま、そういう顔も可愛いけどな」


 うっかり本音を言ってしまい、大矢はあわてて、「いや。だから……」と、よくわからない言葉を口にしていた。


 聖矢は、驚いたように目を見開いた後、大矢を凝視しながら言った。


「あの……もう一度言ってもらえますか? あまりにも聞きなれない言葉だったので、もしかしたら聞き間違いかと思って……」


 大矢は大きな溜息をついた。


「聞き間違えてないよ。オレは、おまえのこと、可愛いって言った。それは、おまえにとって、聞きなれない言葉なんだな。じゃあ、これからはしょっちゅう言ってやるよ。そうすれば、聞きなれるだろう」


 大矢は、聖矢から少し体を離すと、聖矢の頬を撫でた。

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