第6話 あざ

 バスルームから聖矢せいやが戻って来たので、ソファに座らせた。先程までとは違い、半袖のTシャツを着ていた。大矢おおやは、「何か飲むか?」と訊いた。


「ここにあるのは……コーヒー・紅茶・牛乳・ココア・緑茶……」

「……緑茶をお願いします」


 ためらった後、小さな声で言った。大矢は思わず、「やっぱり」と言ってしまった。母親であろう輝夜かぐやが、緑茶を好んでいたのを思い出したからだ。暑い日でも、熱い緑茶を飲んでいた。


「よく飲めるよな」


 大矢が言うと彼女はいつも笑って、


「飲めるわよ。熱いのが好きなんだから」


 そう答えて、その温度をものともせずに飲んでいた。

 聖矢は、不思議そうな顔をして首を傾げると、「やっぱり?」と言った。大矢は、すぐに首を振って、


「じゃあ、緑茶、いれてくる」


 キッチンに向かい、何とかお茶を準備してリビングに戻った。彼は、ぼんやりとした表情で、どこを見るともなく見ていた。


「お茶、どうぞ」


 大矢が勧めると、聖矢は小さく頭を下げてから湯飲みを手にして、すぐに飲み始めた。

 彼のそばの床に直接座り、その様子を見ていた時、ふと彼の右腕が目に入った。


(何だ、これ……)


 無数のあざがあり、それらはまだ出来てからそんなに経っていないようだった。左腕に目をやり確認すると、右腕と同じような状態だった。


 大矢が驚きの表情で見ていることに、聖矢は気が付き、その視線の先に自分の腕があることを知った。その瞬間、手が小刻みに震えだし、湯飲みが手から落ちてしまった。


 そばにいた大矢は飛びのき、火傷を免れた。大矢は、湯飲みを拾い上げると、

「大丈夫だから」と言って、雑巾を取りにキッチンに行った。


 すぐに戻ると、彼は身動きせず、ただ自分の腕を見ていた。大矢は無言で床を拭いた。その間も、時々聖矢の様子を窺っていたが、彼はやはり、ただ自分の腕を見つめていた。


 雑巾を片付けリビングに戻ると、聖矢が大矢を見上げた。眉間にしわが寄り、泣きそうな表情をしていた。


 聖矢は、「あの、これは……」と説明しようとしたが、その後が続かなかった。大矢は、無理矢理笑顔を作り、


「いや。いい」


 今、この少年に説明させるのは、酷だと思った。聞かなくてもいい。この傷は、たぶんまともではないことをされた、その痕だ。


 彼の、この傷にまつわる事件を想像して、大矢は胸が締め付けられるような気持ちになった。


 聖矢は、静かに涙を流し始めた。彼は、人に触られるのが怖い。頭ではわかっていた。が、大矢は気が付くと聖矢のそばに行き、彼を抱き締めていた。拒絶するように、聖矢が体を動かしたが、大矢は彼を離さなかった。


「泣きたい時は泣けばいい。落ち着くまで、こうしているから」


 聖矢は抵抗をやめて、大矢の腕の中で泣き続けた。声は出さない。しゃくり上げるのが、本当に小さく聞こえてくるだけだ。


(この子は、今まで、どんな人生を送って来たんだろう)


 どちらに育てられたのかはわからない。が、あまりいい環境では育っていないに違いない。


 泣き続ける聖矢に、「大丈夫だ」と何度も何度も声を掛けていた。



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