第14話 憎い敵

 リビングに行くと、津島つしまは、足元をじっと見ていた。その姿勢が、朝食の後の聖矢せいやと似ており、やはり親子なのだと思わされた。

 大矢おおやは、さっきと同じように乱暴にソファに腰を下ろすと、


「先生。聖矢を 解放してやってください。あ。聖矢って言うのは、輝夜かぐやが付けたあの子の名前です。オレには、その名前が本当の名前のような気がするし、呼び方を改める気はありません。

 聖矢は、ベッドに寝かしました。今、ここで話し合いするのは無理です。真っ白な顔をして、体が冷えてます。

 先生に電話する前、聖矢はオレに笑顔を見せてくれたんです。それが、電話の最中から落ち着かなくなって、あの状態になりました。

 聖矢は、家に二度と帰りたくない。学校もやめたい、ここにいたい、って言いました。学校、やめさせてくれますよね?」


 津島をにらみつけるようにして、言った。津島は頷くと、


「はい。やめさせましょう」


 表情を変えずに言った。それが、よけいに大矢をいらつかせた。


「何だよ、それ。だいたい、どうしてあんたは、輝夜と関係したりしたんだよ」


 学生時代、決して嫌いな人ではなかったが、今は、憎い敵としか思えない。


「あんたが、そんないい加減なことしたから、聖矢は苦しんでるんじゃないのか? 違うか?」


 感情が制御出来ず、言葉が乱れていく。


「何でそんなことしたんだよ。引き取ったなら、ちゃんと責任取れよ」


 大矢の目から、涙がこぼれ落ちて行った。こんな姿を、この人に見られるのは悔しい。そう思いながらも、どうにも出来なかった。


「あんたは、犯罪者だ。聖矢にあやまれ」

「本当にそうですね」


 黙って大矢の言い分を聞いていた津島が、突然言った。大矢は、次の罵りをぶつけようとして口を開いていたが、そのまま閉じた。興奮していた為、息は荒いままだった。

 津島は、ゆっくりと顔を大矢の方に向けた。相変わらず、感情が読み取れない顔をしていた。


「大矢くん。何でそんなことをしたか、訊きましたね。聞く覚悟は出来ていますね」


 大矢は、何とも答えられず、ただ津島を見ていた。津島は、大矢の答えは必要ないかのように、大矢から視線を外して正面を向くと、


まことが十五歳だから、かれこれ十六年前の話になりますね」


 寝室の聖矢を気遣ったのか、低い声で話し始めた。

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