二話 元トマト怪人娘の転職(2)

 保護されている間、神田推品は暇だ。

 三人の女性に食事を作る以外、セーフハウスに籠るだけ。

「暇だ」

 高校に行かずに料理人として自立して、天才少年シェフとして名声すら得つつあった矢先に、この災難。

「反社に気に入られてもなあ」

 付け狙ってくる敵の規模が、未だ分かっていない。

 民間戦隊が完全勝利をした後でないと、再就職先を探しても職場解体&強引スカウトが再現されるだけ。

 いつ解決するのかも、完全に不明。

「ダメだ」

 不安しか募らない。

 その不安をそのままにするような、少年でもない。

 ネットサーフィンで、近況の分析を試みる。

 まず彼女たちの経歴をネットで漁るという行為に至ると、最初は伊藤飛芽について書かれたウィキペディアに辿り着いた。



 伊藤飛芽(いとう・とめ)

 ノベルワナビー(小説家志望)大泉太平の小説『ヨコシマ戦隊パンチラ・ジャンヌ』の登場人物「トマト怪人娘トメイトゥ」を、中二病プリンターで現実世界に出力して誕生した人物。

 現実世界で最初に接触した極秘戦隊スクリーマーズに保護され、名を伊藤飛芽に変えて社会に馴染む。

 一時期、極秘戦隊スクリーマーズのレッドとして仮採用され、怪人撃破数24人の戦果を残す。

 極秘戦隊スクリーマーズから暖簾分けした「ま性戦隊シマパンダー」にも勧誘されるが、義務教育を優先して断っている。

 中学を卒業後、様々な民間戦隊で戦歴を重ね、怪人撃破数を121人に伸ばす。

 現在は、新設された「寸止め美少女戦隊プリティスキン」に加入。

 プリティスキンでのコードネームは、未だ公表されていない。



「本当に、出来立ての戦隊なのか」

 飛芽の素性を更に探りたい推品は、よせばいいのに原点である『ヨコシマ戦隊パンチラ・ジャンヌ』の方を検索する。

 そこには、推品の知る飛芽よりもやや幼くてロリ度数の高い飛芽が、敵味方からセクハラされる萌えキャラとして描かれていた。


 ラッキースケベで、素股をしてしまうトマト怪人娘トメイトゥ。

 発情した味方に、顔面に射精されてしまうトマト怪人娘トメイトゥ。

 敵から抱き枕にされて、悔し泣きを堪えるトマト怪人娘トメイトゥ。

 騙されて精飲をしてしまう、トマト怪人娘トメイトゥ。


 今の伊藤飛芽なら、絶対に武力で対抗しているシチュエーションだ。

「これの反動かなあ、今の飛芽さんは」

 推品の知る飛芽は、同年齢よりも遥かに多めの貫禄のある、戦士だ。

 デレると可愛いけど。

 昨晩のデレぶりを思い出し、推品は連鎖的に飛芽のタオル一枚姿や擬似胸射、手を握った時の柔らかさ諸々を思い出して、股間がハッスルする。

「これは情報収集、これは情報収集」

 と、言い訳を重ねてクリック一筋。

 更に探ると、ファンが作った二次創作同人誌で、トマト怪人娘トメイトゥが過剰にセクハラされる18禁作品も少なからず出回っているのを発見。

 原作小説よりも遥かにエロ度数の上がった同人エロ漫画に、推品のハッスルが上がる。

 早速、ズボンを開放して自慰のネタにしようとするが、セーフハウスの中ではバレてイジられると思い直し、溜める。

(風呂の時間まで、我慢!)

 トマト怪人娘トメイトゥが、口にマヨネーズのチューブを含ませられたままのコマをガン見しながら、推品は我慢した。



「お、ズボンを直した。風呂まで我慢する気だ」

 推品の様子を監視モニターで見ていた飛芽が、ニヤニヤと推品の性欲を推測する。

 寸止め美少女戦隊プリティスキンの三人は、別室で仕事中だった。

 内容は、推品にも詳細を伏せている。

 神田推品が「本当に一般市民」と確認するまで、保護しつつも身元調査中。

 魔王とやらがシェフとして勧誘したいのか、シェフ型怪人として登用したいのかで、話は違ってくる。

 暗黒寺は民間戦隊の書類手続きと神田推品の調査を進めつつ、横目で飛芽の仕事をチラ見する。

「プライベートの監視は、最低限の礼儀を守ろうよと言いたいが、まあ五分五分かな? 保護対象も飛芽に対して、発情しているし」

「自慰のネタにするくらいじゃ怒らないよ、吾輩は」

 青波綾風が、未完成の自身の戦闘ヘルメットを精製しつつ、飛芽の仕事にコメントを寄越す。

「どこまでエロい事をされたら、アウトですか?」

「このエロ本と同じ事をして、と言って来たら、通報」

「漫画や小説の中でチョメチョメされるのは、セーフ?」

 明らかに興奮した表情で、青波はこの話題を掘り下げようとする。

「人の頭の中まで、介入はしない。個人で楽しむ分には、オカズにしようと二次創作しようとピクシブでエロい作品をリクエストしようと、どうぞご自由に。ただし、吾輩に直接セクハラに及ぼうとするなら、通報」

「通報するだけって、一般市民に限る仮定?」

 暗黒寺も、掘り下げようとする。

「敵の戦闘員や怪人なら、即死させるに決まっているじゃん」

「敵キャラが飛芽のエロいマンガ同人誌を公表したら?」

「その行為自体は、責めない」

「あくまで現実で被害が生じた場合だけ、反撃?」

「表現の自由は、敵であろうと守る。吾輩へのセクハラは、誰であろうと通報」

「ふむ、同意見だ」

 互いの線引きを、確認し合う。

 青波の線引きを確認しないのは、諦めているからだろう。

「で、推品君が正攻法で押し倒してきたら、どうする?」

 暗黒寺の問いに、飛芽は長考に入る。

 考えているというより、エロい妄想を堪えているように、見える。

「やはり、そこは、三回はデートして、お互いの事を色々確かめてから、家族計画を練る」

 飛芽は罠を回避して、無難なコメントで爆発炎上を避ける。

「そこまで我慢出来ずに、押し倒して来たら? を問うている」

 暗黒寺の意地の悪問いに、飛芽は、心身を捩らせながら、腰を踏ん張る。

「ん〜、あ〜、え〜、まあ、その、合体しない範囲で…この話、する必要がないような」

 飛芽はこの話題を打ち切ろうとするが、監視カメラの中の推品が、呻めき声を発してしまう。

 ズボンもパンツも履いたまま、ハッスルがマックスに達してしまっていた。

 慌てて衣服の中の汚れをティッシュで拭い取り、ゴミ箱に捨てて消臭スプレーを散布しまくる。

 青波が、推品の凝視していた画面を拡大する。

 飛芽の顔に、マヨネーズがぶっかけられたエロ悩ましいイラストが、映されていた。

 夥しいマヨネーズは、飛芽の顔から胸元まで垂れている。

「マヨネーズって、エロいアイテムだったんですね」

 青波がうっとりと、飛芽のイラストで達してしまった推品の後始末を見物する。

 暗黒寺は、オカズにされた飛芽の出方を窺う。

 民間戦隊のリーダーとして、飛芽が推品からの発情を拒否して保護続行に難色を示すのであれば、推品の身柄を他の民間戦隊に委ねる選択肢も考える。

「これは事故というか暴発だろうけれど、これもセーフかな?」

 飛芽は、赤面しながら、反応に困る。

「事故だから、セーフ」

 満更でもなさそうなので、暗黒寺も対応に困る。



 その日の推品が用意した夕飯は、サラダ(トマト&ブロッコリー&人参スティック)、トマトをメインに使ったマヨネーズピザと、トマトソース仕込みの海鮮ドリアと、クリーミーポタージュスープだった。

「デザートは、クリームたっぷりのプリンです」

 夕食を食卓に用意し終えた推品は、プリティスキンの三人が、妙な間を置きながらマヨネーズとトマトを見ているので、察する。

「飛芽さん。トマトは同族だから、食べられませんか?」

「いや、そういう訳では…」

 推品の自慰を監視カメラで目撃したから想像しちゃったとか、言えない。

「同族がマヨネーズをかけて食べられているから、マヨネーズを見ただけで拒絶感が出るとか?」

「吾輩、トマトがモチーフのデザインで生まれただけで、他は普通の美少女だから、食事の好き嫌いは無いよ」

 飛芽は笑顔で、前菜のサラダからトマトを食べて見せる。

「では、何故、その…ピーマンが嫌いな人が、ピーマンの肉詰めを見たような反応を?」

 神田推品。

 幾つもの星付きレストランから、十五歳でシェフに迎えられる少年である。

 料理に対する客の反応を、見逃したりはしない。

「三人揃って、トマトとマヨネーズを直視出来ない理由を、是非知りたいです」

 プライベートの存在しない保護の仕方をしていたとバレそうなので、飛芽と青波は箸を持つ手が止まる。

 そのリアクションで白状したようなものだが、暗黒寺は食事を進めながら、仕事の進展をサラリと告げる。

「捕虜からの情報で、敵の規模と基地の存在が分かった。他の民間戦隊を結集して殲滅するから、早ければ一週間後には、普段の生活に戻れるよ」

 自慰すら監視される生活も一週間で終わると匂わされて、推品は追求を放る。

「ありがとうございます」

「つまり、君が飛芽を口説くなら、一週間以内に。君の件が終われば、次の仕事で多忙になるだろうし」

 暗黒寺は推品の注意を飛芽に押し付けて、この件を流させようとする。

 推品は、その流れに乗った。

「飛芽さん。デートしよう」

「待って、食べ終わるまで待って。美味しいから、待って。返事とか待って。美味しいから」

「待ちます」

 推品は余裕で飛芽の食事を見守りながら、食事に掛かる。

 ゆっくりと食べながら、飛芽の唇に乗ったマヨネーズの美しさを見守る。

 見守るだけでは満足できずに、推品は飛芽の唇に乗ったマヨネーズを、人差し指で拭う。

 動きを止めた飛芽の口に、推品はマヨネーズの乗った指を、入れる。

 飛芽は、その指を舌でザラリと舐め取ってから、少し咥えて文句を言う。

「次に許可無しで入れたら、噛むぞ」

「うん、今のは、やり過ぎた」

 今更赤面して、推品は食事に戻る。


 恋人関係へのカウントダウンを始めた二人を見守りながら、青波と暗黒寺も美味しく夕食を進める。

 二人をオカズにして。

青波「(飛芽さんが食べられちゃうまで、秒読みですね〜。るるるー)」

暗黒寺「(避妊は念押ししないと。飛芽、推しからの押しに弱そうだし)」

青波「(そうだ。セーフハウス内でデートさせれば、全てを録画観賞できますね。永久保存版)」

暗黒寺「(すまないが、目の届く範囲でのデートにしてもらうぞ。生で始めたら、止める)」

青波「(やっぱり顔に、ぶっかけちゃうのかしら? かけるわよね、ウキャキャ)」

暗黒寺「(まさか初仕事から発情期のカップル誕生とはなあ。寿退社路線も、整えないと)」

 今日もラブコメに注意を削がれ、同僚二人のオモチャにされている事に無自覚な、飛芽だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る