八話 キラートマトの子守唄(1)

 その日は、推品がセーフハウスから郊外のマンションに引っ越しを終えた日だった。

 引っ越しそのものは、ご近所の挨拶回りも含めて一時間と掛からなかったが、引っ越しパーティで罠が待っていた。

 一人だけハイボールを飲んでいた暗黒寺が、用事を思い出したと行って、早々に帰る。

 続いて、これからミンキーモモの新作をリアタイすると言って、青波もスキップしながら帰ってしまう。

 意図的に、飛芽と推品が二人きりにされた。

「きゃあああ、怪奇・シェフ男に襲われる〜〜!(棒読み)」

 飛芽が棒読み口調で助けを求めながら、推品の私物を漁り出す。

「お、襲わないよ」

 自信なさげに、推品は飛芽の興味が家族アルバムの入ったノートパソコンに向くのを見守る。

「…これ、見てもいいの?」

「どうぞう」

 最初の写真は、生まれたばかりの推品の姿と、命名を記した書初めだった。

 次は、オムツを帰る様子を、ダイジェストで。

「おお、ちん◯だ、ち○こ!」

「言わなくていいだろ」

「かわいいな、本当に(爆笑)」

「後で飛芽のも見せてね」

「吾輩のエロ同人誌を大量に見ておろうが?」

「別口だろ、どう考えても」

「あー、はいはい」

 飛芽は推品の幼少期の写真を満喫すると、小学校の領域に到達する。

「まだかわいいな。助平になる未来は、どこでフラグが?」

「人類の進化に文句が有るなら、責任者に言って」

 海水浴だの運動会だの誕生日だの、小学生が妥当に通るイベントを通過した後。

 小学五年生から、推品の写真が激減する。

「列車事故で両親が死んでからは、セルフか同級生に写真データを分けてもらった」

 中学時代の写真は、料理関係の写真が激増する。

 早めに自立して生きていける道に、神田推品は料理人を選んだ。

 中学時代の空いた時間の殆どを、料理技能の習得に全振りした。

「俺は、間違っていなかった」

 魔王軍に目を付けられるハプニングの余波とはいえ、店長になれた。

「俺は、正しかった」

 最新の写真は、喫茶『夢幻旅行』の前での、集合写真。

 開店初日のテンションで、推品は横に立つ飛芽の肩を、図々しく抱き寄せている。

 三秒後に離脱されたが。

 飛芽は、料理関係の写真を再びガン見している。

「ふっ。メキメキと料理の腕を上げる天才少年シェフの軌跡は、そんなに魅力的かい?」

 隣に座って密着して肩を抱こうとした推品の顔に、軽く裏拳を叩き込んで距離を置きながら、飛芽は要件を伝える。

「魔王軍が、何処で推品に目を付けたのか、不明なのだよ。料理の教習時代に、支配したがる教師とか怪しげな先輩とか、イカにも魔王軍の関係者っぽいの、いなかった?」

「いたら、とっくに教えているよ」

「だよね」

 飛芽は二回目の閲覧を終え、三回目の閲覧に入る。

「しつこいけど、そういうやり方?」

「うん、暗黒寺に教わった。吾輩の勘で、此奴がヤベエと引っかかる感じがするなら、縁が在るだろうって」

 三回見直して、飛芽は一枚の写真を、気に留める。

 卒業間近の推品が、後輩の美少女に包丁の握り方を教えている。

 小柄で薄幸そうで根暗そうだが、綺麗なおかっぱ頭の下には、全国制服美少女グランプリで連覇しそうな美少女の顔が。

「これだけの上玉が、料理教室に通うとか、不自然だ。玉の輿に乗って、一生出前の特上寿司を食べて生きていける美貌なのに」

「どれだけ不穏当な偏見を口にしている?」

「じゃあ、想像してみ? この絶世の美少女が、上質なナイトドレスを着て、ハイヒールを履いて椅子になるように要求してきたら、断れるか?」

 推品は、遠萌(ともえ)ファイが後輩としてではなく、華麗な魔王として服従を要求してきた場合を想像する。


『先輩。トマトで勃起して果てるなんて、溜まり過ぎですよ』

 鞭で推品をしばき倒して股間を踏み付けた遠萌ファイが、喜悦に歪んだ冷たく美しい笑顔で、足の裏を動かす。

『ファイが足コキから調教を始めてあげますから、トマトで妥協しないでいいですよ』

『ちょ、ちょっと待てよ』

 抵抗しようとする推品のズボンとパンツを、遠萌ファイは鞭の二振りで切り裂いて剥ぐ。

『先輩。トマトと魔王、どちらが床上手か、身体で教えてあげるね。どうせまだ童貞でしょ?』


 そこまで想像しただけで身の危険を感じ、推品は飛芽に抱き付く。

「おいこら」

 性的な抱き付きではなく、巨大な人喰い熊に遭遇してしまった一般人としての抱き付きだったので、飛芽は推品をぶっ飛ばさなかった。

「ごめん。確かに、ファイは『実はファイは、職業が魔王です』とか『実は魔王軍のコンシェルジェです。お給料が良くって。てへ』とか、平気で言いそうな娘さんです(ガクブル)」

「そこまで怯えるような人材なのに、忘れていたのか?」

「いえ、敵に回った場合を想定しないなら『変わった娘さん』としか認識しなかったけど、魔王の場合を想定したら…あれ?」

 推品は脳内で、魔王軍は殲滅されたという条件と現実を擦り合わせる。

「ファイは、倒された? 捕獲? 戦死?」

「倒した魔王は男だったから、幹部クラスだったかも。収容所や戦死リストに名前がなければ、今でも潜伏中だな」

「…あのう、それを踏まえた上で、俺を餌にしていた?」

「まさか。でも、そうなるな、そいつが潜伏中の場合」

 飛芽は、暗黒寺と青波に、情報の精査を求める。

 推品は、呼吸を整えて飛芽から離れると、抹茶を淹れる準備に入る。

 そのタイミングで、マンションのドアベルが、ピンポーーーーーーンと、鳴る。

『先輩。引っ越し祝いに来ましたよ。開けてください』

 ドアホン用モニターには、マンションの玄関ホールで、おかっぱ頭の美少女が菫色のワンピースを着ている姿が映っている。

 写真で確認した遠萌ファイより、少し成長している。

 特に胸が。

 カメラに胸の谷間が映り込むようにしているあざとさを、飛芽は見逃さなかった。

「攻める気満々の後輩さんだね」

「飛芽」

「なあ、推品。この娘さんで、何回抜いた?」

「飛芽。引っ越しの事は、教えていない」

「…」

「就職して以来、三ヶ月も会っていない」

『先輩、彼女と致している最中でしたか? 混ぜてくださいよう。ファイは、三人でも、許してあげますよ』

 飛芽は、プリスレッドに変身して、仲間に緊急警報を発する。

『通信なんて、挨拶をする前に遮断していますよ』

 モニターの向こうの遠萌ファイは、飛芽に向けて発声する。

『あなた達の敗因は、ファイに辿り着くまでに、二ヶ月も掛けてしまった鈍臭さです』

 プリスレッドは、推品を抱えてマンションから脱出する戦術を実施しようとする。

 両隣の部屋から、壁越しに催眠領域が放射される。

 ならば天井か床下を打ち抜いて逃げようとするが、プリスレッドは推品を抱き抱えたまま、意識を失った。


 両隣の部屋の壁から、サキュバス(夢魔)が合計六名、擦り抜けて姿を現す。

 意識を無くしたプリスレッドに催眠を幾重にも掛け直しながら、遠萌ファイの入室を許可する操作を行う。

 玄関から何も壊さずに入室を果たした遠萌ファイは、サキュバスの膝枕で熟睡する神田推品を満足そうに見下しながら、頬を舐めて舌で確かめる。

「まだ童貞ですね、先輩。自由恋愛が苦手で、世話が焼けますね」

 勝手に決め付けると、推品の意識を回復させるようハンドサインで指示する。

 推品が覚醒すると、エロいランジェリーに身を包んだサキュバス六人が周囲に侍る室内で、遠萌ファイに椅子にされていた。

「先輩。サキュバス達は、ふたなり形態にもなれます。その気になったら、トマトさんを輪姦させますからね」

 遠萌ファイは、そう前置きで脅迫してから、推品に用件を持ち出す。

「サジャリ魔王軍に合流しろとか、立て直しに協力しろとか、先輩の立ち位置が壊れるような用件は、持ち込みません」

 遠萌ファイは、推品の股間に尻を擦り付けながら、脅迫しないと呑めないような本命を叩き込む。

「魔王の子種を仕込まれた女性が店を訪れたら、可能な限り先輩が料理を振舞ってください。

 ファイの計算では、週三ペースで先輩の料理を食べて産まれると、父親の能力を上回る次期魔王に育つ予測です。

 この予測、外れても先輩に責任は負わせません。

 責任者は、遠萌ファイひとり。

 でも、先輩がビビって日和って料理の振る舞いを拒否するのであれば」

 六人のサキュバスが、一斉に勃起した肉棒を見せつける。

「トマトがサキュバスとのハーフを産むまで、犯らせますからね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る