十六話 五人目はクリスちゃん(2)
黄道クリスが犯罪に過剰反応するようになったのは、八歳の時からだ。
当時からクリスの芸能界行きを確信していた両親は、積極的にモデルや子役、グラビア撮影の仕事で知名度を上げようとした。
フォロワーの数は順調に増えていった。
ストーカーや危ないファンへの対策をして、キッチリとクリスを守っていた両親は、想定外の敵に襲われた。
美少女のグラビア撮影を「未成年への性的搾取」と断じて抗議する団体に絡まれ、集中的な攻撃に晒された。
芸能事務所や人権団体に保護を求める間に、相手は黄道クリスを『毒親から保護する』と称して強引に拉致。
抗議団体は、保護すると言いつつ、バックにいる悪徳宗教団体に黄道クリスを性奴隷として献上しようとした。
それが常套手段の、団体だった。
児童保護を騙る、人身売買団体だった。
民間戦隊も出動して、大規模な解体処置が執行され、黄道クリスは拉致から七十二時間で奪還された。
自宅に戻ると黄道クリスの両親は、別の敵に絡まれていた。
両親が悪徳宗教団体と連んでいたという憶測
黄道クリスが既に洗脳されているという誹謗中傷
そもそも児童を被写体にする事への揶揄
一家が性犯罪を助長したという的外れな非難
無防備な芸能活動をするなという頭の悪い意見
黄道クリスへ、芸能活動の自重を促す、役に立たないアドバイス
事件後の無思慮な炎上の方が、数が多くて際限が無かった。
両親は記者会見での丁寧な説明やホームページでの経緯説明をしつつ、悪質な誹謗中傷への法的措置を弁護士と話し合った。
最も悪質なインフルエンサー数人へ、誹謗中傷での起訴が決まった翌週に。
裁判で負けて賠償金を請求されるプレッシャーに耐えきれなくなった被告の一人が、クリスの自宅を襲撃。
クリスの両親を包丁で刺殺した後、犯人は警察が駆けつける前に、自殺した。
その時クリスは、新しく護衛に雇われた紫式と一緒に、グラビア撮影の仕事に出掛けて無事だった。
紫式の差配で両親の葬式を執り行う中、クリスは葬式に紛れ込んだ香典泥棒を、単独で半殺しにして警察に突き出した。
相手は柔道の有段者だったが、初手で線香の灰による目潰しを喰らわせた状態で、足腰を警備棒でめった打ちにして勝利した。
紫式は、正当防衛と過剰防衛の違いを諭し、加減の効く戦闘術を教えて、犯罪者への憎悪を抑えられなくなったクリスが私刑で投獄される路線から救った。
とはいえ、視界に入った犯罪者を、警察に突き出す人格は直せない。
学校では、いじめ・カツアゲ・窃盗犯を教師や親に任せずに警察へ産地直送し、治安を良くした。
ドン引きされて敬遠されたが。
芸能界の仕事場では、セクハラ・パワハラ・ストーカーを手当たり次第に退治し、感謝された。
仕事は激減して敬遠されたが。
二十歳の現在は、地下アイドルとして細々と生活し、元護衛の紫式をマネージャーとして雇用している。
そして、犯罪行為を行っている怪人を、現在進行形で倒そうとしている。
紫式とコンビで倒した怪人の数は、十七人。
民間戦隊に所属していない一般人のスコアとしては、堂々の一位。
そんな二人組を前に、カエル怪人エマニエルは本気を出す。
「ふっ、君たちを手籠にする前に、美味しそうな地下アイドルを手籠にして景気付けする手順でしたが、まあいいでしょう。本気で…」
怪人は口上の途中で、紫式に腹パンされ、黄道クリスに鉄扇で頭部を叩かれた。
怪人との会話には一切興味がなく、速攻で潰す気である。
「お、お前ら、少しは、会話の妙を」
カエル怪人エマニエルは、身体を丸めて球形に変形して、二人からの攻撃を吸収する。
無駄な攻撃はせずに、二人は距離を置く。
紫式が両腕の袖を捲る。
両腕の手刀に使う部分に、光る刃が出現する。
どう見ても、相手を十文字に斬り裂く必殺技の予備動作である。
カエル怪人エマニエルは、全速力で逃げに徹した。
街中を不規則に上下左右にジグザグに跳躍して逃げたのに、黄道クリスは逃げ込んだ路地裏に先回りをしていた。
(この二人組、怖えええええええ! しかし、今は一対一)
カエル怪人エマニエルは、媚薬効果たっぷりの唾液を塗して、舌を伸ばす。
(飛沫が少しでも掛かれば、お前は足腰が立たない程の発情したメスガキに…)
黄道クリスは、パーカーを脱いでマントのように閃かせると、舌攻撃に伴う唾液を、全て弾いて凌ぐ。
伸ばした舌が口腔に、戻るより早く、黄道クリスは踏み込んで鉄扇を振るう。
カエル怪人エマニエルの片目が、鉄扇で乱暴に叩き潰される。
失くした視界の側から、追い付いた紫式が、光る刃を出した状態で手刀を交差させる。
カエル怪人エマニエルの体が、上下左右に、均等にズレていく。
「やっぱり、十文字に、斬る技なのか」
「パープル・エンド。殺される技の名前は、教えてあげます」
「いや、なんの慰めにも」
カエル怪人エマニエル、絶命。
「やはり?」
イリアス商会製警備人形『ハート・オブ・パープル』の初号機・紫式は、戦闘における様式美の機微について、学習効果を得た。
間を置かずに、黄道クリスの真上から、急降下攻撃を加えようとした怪人に反応する。
クリスは横転して回避し、紫式と居場所を入れ替える。
鷹の鳥人のような敵は、上空からの居合い斬りで、紫式の腕を斬り飛ばす。
その腕を拾い上げると、クリスは鷹怪人の脇腹に、迷わずに打ち込む。
「うぬら、場慣れしておるな」
刀で脇腹に打ち込まれた腕を防ぎながら、鷹怪人は黄道クリスを値踏みする。
黄道クリスの顔から胸、腹、臀部、生足を、性的に値踏みする。
「金髪碧眼の、合法ロリ地下アイドル。戦闘力も、極めて高い。わしの子種を注ぐに、相応しい」
クリスは視線から距離を取り、紫式と並ぶ。
双方、間合いを詰め直しながら、鷹怪人の方が名乗る。
「我は、カリスクビー魔王軍駆逐大隊剣術指南役、クヘイジ。これから孕んで産む子には、そう教えよ」
クリスは口頭では返事をせずに、戦いで返答する。
視界に入った犯罪者に対して、黄道クリスは説得をしない。
自首を勧めない。
投稿勧告をしない。
ぶちのめして、警察に突き出す。
誰かに危害を加える前に、制圧する。
それが出来ない力量差がある時は…
「あ、待って。お色直しをします」
「む?」
黄道クリスが、地下アイドルの衣装を、路上で着替え始める。
カリスクビー魔王軍駆逐大隊剣術指南役クヘイジは、美人の脱衣シーンを止めるような無粋者ではない。
ハニートラップに警戒しながら、クヘイジは下着姿のクリスが黄色と黒色の戦闘服を「ゆっくりと装着する」様を、ガン見する。
敬遠され気味でも、グラビア撮影の仕事が途絶えないレベルで美しい地下アイドルの、生着替えである。
クヘイジも、クリスを手籠にして籠絡するという用件を忘れて、見惚れた。
クリスが、うっかりとブラジャーを落としそうになって半乳首が見えてしまうと、ガッツポーズをしてしまった。
だが見惚れてもなお、カリスクビー魔王軍駆逐大隊剣術指南役は、頭の隅で客観的に相手の出方を分析する。
普通は瞬時に装着する戦闘服を、わざわざゆっくりと着替える意味について、カリスクビー魔王軍駆逐大隊剣術指南役は考えた。
「うぬら、時間稼ぎをしておるな?」
クヘイジは、攻勢に出る。
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