冥銭のある生活

「ごめんごめん! 今日はぜっっっったいに入れないって言ってたのに、家出るギリッギリになってバイト先から電話来ちゃって!」


 異世界から帰還し、公園のベンチで目を覚ました常磐兄妹の元に駆け寄ってくる一人の女性。オイラは手元の双眼鏡を通してその女性を見た。入谷翔子というらしい。常磐兄妹とは親戚で、従姉の関係性にあたる。


「そっか! 今日は翔子お姉ちゃんとコラボカフェ? に行くんだった!」


 氷雪はパチンと手を合わせた。ついさっきまでここではない場所にいたせいで、忘れていた現実を思い出す。

 どうやら常磐兄妹は、公園で入谷翔子と待ち合わせしていたところを召喚されたっぽいな。そんで、待ち合わせの時間に戻ってきたと。


「忘れてたん?」


 眉根を寄せる翔子に、氷雪は「忘れてたっていうか……」と異世界での出来事をどう説明すればいいか判断できず、隣に座る溶石の横顔をうかがった。溶石はポケットを漁ると、オイラから受け取った銀貨を取り出す。


「……。」


 この銀貨だけが『トーナメント』にオイラと共に参加して、優勝したという事実を証明してくれる。その銀貨をひと目見て、翔子は「溶石くん、シルバーアクセサリーに興味あったっけ?」と訊ねた。一応、現代日本においては〝古銭〟の分類に入ると思うんだけども、シルバーアクセサリー扱いされちゃうかあ。


「なくさないようにできませんか?」

「うん?」

「ドッグタグやネックレスのように首から下げられるようにできませんか。」


 溶石の相談に、翔子は「ま、できると思うよ。あとで手芸屋さん見てみる?」と提案する。オイラとの思い出をそんなに大事にしてくれるのか。プレゼントしてよかったなあ。


「わたしもなんか作ってみたい! お兄ちゃんとお揃いで持つんだー♪」

「いいねいいね! お姉ちゃんの分も作ってよっ!」

「いいよー!」


 女子二人で盛り上がっている最中さなかで、オイラは溶石と視線がぶつかった。――いや、向こうからこちらは見えないはずだから、こっちの気のせいなんだけども。


「……。」


 溶石は何を言うでもなく、目を逸らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Special☆Issue 秋乃晃 @EM_Akino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ