vsヒーロー願望

 召喚の間の退場門から出て、この『トーナメント』期間中の食品を買い込む。過去の経験上、第一試合の前に買い込んでおくのがいちばんよい。試合と試合との合間でのんきに買い出しに行こうとすれば、そこを狙われるパターンが想定される。あるいは期間中の生活拠点となるタマゴ型のトレーラーハウスマイルームの前で待ち伏せされたり、落とし穴を掘られていたり。ケアレスミスで敗退は避けたい。オイラには特別な力はなくとも知識がある。

 オイラが「好きなものを買うといい」と言ってカゴを渡せば、ヨーセキはアイスやらフローズンフルーツやらを山ほど入れていた。主食の類は一切ない。オイラが『好きなもの』と言ったせいかと「これでいいのか?」と確認すれば「はい。」と即答されてしまった。

「今年はあんたの優勝に賭けとるんよ」

 支払いをすませると、毎年お世話になっているレジのおばちゃんに肩を叩かれた。昨年のおばちゃんの推しは第一試合の直前になってコンビを組んでいた人間が脱走しようとして、会場の敷地の外に逃げ出して首輪が破裂している。人間はもちろん死んだ。

「そりゃどうも」

「なーに、あたいがって言われてんのを気にしてんのかい?」

 そんな嫌そうな表情をしていただろうか。オイラは「まっ、ここに来るのも今日が最後なんで」と努めて明るく言い放ち、ついでにウインクをおまけしておいた。

「そーいうのはそっちのあんちゃんにしてもらいたいね」

 暗に不細工って言われた気がするぞ。オイラよりそっちの兄ちゃんヨーセキのほうが見目麗しいとはいえ、オイラの優勝に賭けてるんと違うんか。やんなっちゃうなあと両手を挙げてヨーセキを見ると、口ばかりを動かして手を動かさないおばちゃんにしびれを切らしたのか自らアイスやフローズンフルーツを袋詰めしていた。

「あらやだわ」

「応援よろしゅーお願いしまーす」


***


 さて。

 マイルームに到着した。


 ブゥーン


 虫の羽音が聞こえる。室内の換気のために窓が少しだけ開けられているので、その隙間から侵入したのだろう。のちほど対処する。オイラは先に、扉と窓を施錠した。どちらも頑丈に作られているから、バールのようなものを用いなければ破壊できない。来客に応じるか応じないかは室内にいる我々が決めることだ。


 ヨーセキはベッドに腰掛けるなり、ビニール袋から冷凍みかんを取り出してモミモミし始める。まるで我が家に帰ってきたかのようなくつろぎっぷりだ。これが大物スペシャルレアか。例年なら召喚された人間は混乱して慌てふためき、あれやこれやとオイラを質問攻めにしてくるのに。聞いたら答えてくれそうな見た目だもんなオイラ。実際まあ答えるけど。

「初戦の相手は、っと」

 テーブルの上のリモコンを手に取り、天井から吊り下げられているモニターの電源を入れた。毎試合ごとの対戦相手はこのモニターに表示される。テーブルの上にはリモコンの他には全編日本語で書かれたルールブックが置いてあるのだが、連続出場しているオイラには不必要だ。ヨーセキは読みたきゃ読めばいいと思う。……いや、読まれないほうがいいか? 隠しとこかな。今は冷凍みかんにご執心のようだし。


 プゥン


 第一試合の相手はベルゼブブ――これまたビッグネームが初戦にきたもんだ。わざわざこの『トーナメント』に参戦しなくともと思うが、あちらにも事情はあるんだろう。そこまで考えてやる義理はない。

 オイラとベルゼブブが直接対決するわけではなし、ヨーセキとベルゼブブが相対するわけでもなく、戦うのはヨーセキとベルゼブブが召喚した人間とはいえ、ネームバリューのある相手は気が引ける。オイラは今年優勝するんだから、第一試合から気後れしているようではいけないのだけども。相手は悪魔の中でも有名な個体。オイラはただの渡し守。悪魔界隈から「夜道に気をつけろよ」だなんて言われてしまいそうだ。


 ピンポーン


 来客だ。

 オイラは覗き窓から扉の外を見る。


 少年だ。

 黒髪を腰の長さまで伸ばしているが、顔は日本人の男の子。ヨーセキよりも若い。藍色の作務衣を着ている。銀色の首輪もついていた。おそらく人間だ。が、人間に化けた参加者の可能性もある。第一試合が始まる前から他の参加者の拠点を訪れ、挨拶代わりに先制攻撃を仕掛けてくるタイプ。用心しなくては。

「あの! 開けてくれ!」

 ドンドンドン! と扉が叩かれる。ノックというよりは拳を全力で打ち付けているような音だ。オイラはちょっとだけ扉を開けて「……名を名乗れ」と訊ねた。

「オレは『神切隊』隊長の桐生あきらだ!」

 かみきりたい。聞いたことはないが、所属を明かしてくるとは人間らしい。


 ブゥーブゥン


 虫の羽音に混じって「ふんふーん♪」と鼻歌が聞こえてきた。振り向けば、ヨーセキがゴキゲンで冷凍みかんの皮を剥いている。やはりスペシャルレアは伊達じゃない。


「オレは『神切隊』として、故郷を守らなきゃならない! うららとの約束もあるから、こんなわけのわからない大会で死ぬわけにはいかない!」

 こっちは人間っぽい。正しい。わけのわからない『トーナメント』に巻き込まれて、困っている人間の仕草だ。これが演技だとすればそいつは劇団にでも入ったほうがいい。

「車椅子の子から聞いたんだ! って!」

 りしゅうちゃんめ。降参してもらえれば生きて帰れるのは嘘ではないが、最終戦まで相手を降参させ続ける苦難の道だ。生きて帰る、の目的を果たすためならコンビを組んでいる参加者のほうを説得してリタイアするほうが手っ取り早い。でも、運営のりしゅうちゃんが教えてくれるわけがないよなぁ?

 人間がみんなリタイアを選んで、それを参加者が承認していったら一瞬で大会が終わっちまう。

「それで対戦相手の場所を教えてもらってここに来た!」

 この桐生あきらがベルゼブブの召喚した人間。……ん? 召喚の間にベルゼブブはいなかったのか? 参加者は絶対に行かないといけないはずじゃあなかったか。

 りしゅうちゃんから話を聞いたって?

「頼む! 降参してくれ!」

 桐生あきらは土下座してくる。髪の毛がサラサラと流れ落ち、地面についた。オイラとしては「あい、わかった」とは言い難い。

 第一試合から降参?

 冗談じゃないよ。

「オレを元の世界に帰らせてくれ!」

 気持ちはわかってあげたい。元の世界でやるべきことがあるのに、こんな異世界に突然呼び出されてしかも命をかけて戦えって言われたらなあ。けど、オイラのヨーセキにも『優勝して妹に再会する』っていう目的があるんだよ。


 ジュッ


「?」

 妙な音がして、オイラはまたヨーセキのほうを向く。ヨーセキは左手にみかんを持ち、グーになっている右手をゆっくりと広げてパーにする。黒い――なんだ?

「ハエを潰しました。」

 オイラたちよりも先にこの家にいたハエ。窓の隙間から入ってきていたハエ。ここにご臨終。……しかし、さっきの音は『潰しました』という音ではなかった。潰すというより、物体が蒸発するような音。


「取れたぁ! ! やったー!」


 扉の外側から桐生あきらの歓声が聞こえてきた。首輪が取れた=参加資格を失う、ということで、それこそ人間がリタイアを申し出て受理された場合は外れるような仕組みになっている。だが、桐生あきらはオイラに嘆願していただけなのに?


「あ」

「なんですか。」

「ヨーセキはここで待ってて。オイラは外の人間に話がある」

「わかりました。」


 リタイア以外で人間が死なずに脱出する手段、もうひとつあった。

 ヨーセキに知られたらオイラ的に問題があるので、外に出る。


 滅多にないことだけど

 これだ。


 さっきのハエはベルゼブブだ。ハエの姿で偵察しに来ていたのだろう。それをヨーセキが潰してくれたのだ。なんて動体視力だよ。

 スペシャルレア、恐ろしい。

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