vs拝金主義
桐生あきらを『トーナメント』本会場の運営事務局に連れて行き、潰滅したベルゼブブに代わってオイラが事情を説明する。桐生あきら自身がどこに行けばいいのか何をしたら帰れるのか具体的にわからずにオロオロとあっちへこっちへあーでもないこーでもないと歩き回っていたし、ついついお節介を焼いてしまった。別にオイラの知ったことじゃあないのに。
「ありがとうございましたっ!」
「人間よ。また会おう」
礼儀正しく最敬礼をしてゲートの向こう側――本来いるべき世界へと帰っていった。いい子なのかもしれない。
毎度の決まり文句として「また会おう」と言ってしまう。まあ、
さて。
ヨーセキに
まだヨーセキがどんな人間か把握できていないから、戻ったらコミュニケーションを積極的に取っていかないとな。毎度思うけれど、この短期決戦において信頼関係を築いておくことはかーなーり重要だ。対戦相手が口ゲンカを始めたらこっちのもの。逆もまた然り。
ヨーセキがベルゼブブを潰してくれたおかげで早々に決着がつき、我々は『トーナメント』会場に二人で出向くことなく第一試合を終えることはできた。第二試合まで時間の余裕がある。幸いにもお互い日本語で会話ができるのだ。さっき買ってきて冷凍庫に詰め込んだチョコレートのアイスでも食べながらお話ししようじゃありませんか。
「ただいま帰った」
参加者のほうが偉いんだぞ、と威厳を保つため、オイラは人間に対して基本的には不遜な態度を取っている。ヨーセキのように『トーナメント』に乗り気な人間ばかりではない。普通は桐生あきらのように戦いへは参加せずに逃げ出すような行動をとるものだ。フレンドリーに接していては足元を掬われてしまう。
タマゴ型のトレーラーハウスの扉を開けると、ヨーセキは上下の服を脱ぎ捨ててベッドに横たわっていた。全裸で寝るタイプの人間か。そのまぶたは閉じられていて、実に安らかな表情をしている。オイラの声も聞こえていないようだ。
「ふむぅ」
扱いづらい男だ。肝が据わっていて、戦闘力も申し分なさそうなのはさすがの
そうだ。
オイラは備え付けのパソコンを立ち上げた。参加者が自由に使えるパーソナルなコンピューターは、文字通りパーソナルな情報を入手することができる。ヨーセキのステータスを確認しつつ、召喚時に呟いていた『
こちらがある程度知っておくことで、共通の話題ができる。心の距離が縮まるやもしれない。歩み寄ろう。
日本人の両親の元に生まれた純粋な日本人である。名前の由来は「石をも溶かすような強靱な精神を持って欲しい」から。一般的な家庭で生まれ育つ。二歳年下の妹にあたる
ほお……?
オイラは見た目こそ人間に近しいが温度の変化を感じない肉体を持っている。周辺環境が暑かろうと寒かろうと、川の渡し守という職務を果たすためだ。一般的に熱いとされるものと冷たいとされるものの区別はつくが、その区別はあくまで知識としてあるのみ。触れてもわからない。言ってしまえば食事を摂る必要もない。この世界にスーパーやコンビニが存在しているのは参加者のためというよりは人間のためだ。人間を餓死させるわけにはいかないのでな。
ベルゼブブが潰れる際の「ジュッ」という妙な音は、ヨーセキの能力によるものではないか?
バァン
「たのもー! でありますことよ!」
考え込む隙を見計らって、オートロックのはずの扉が開け放たれる。道場破りは顔の側面に縦ロールを装備している金髪の少女だ。豪奢な紅いドレスを身にまとっている。黒いヤギの頭をした執事服の男が付き従っていた。男の手にはアタッシュケース。
「このウサギ小屋、暑すぎるのではなくて?」
暑い?
オイラが首を傾げていると「ヤギ! エアコンを!」と金髪縦ロール少女がパンパンと手を叩いて指示を出す。黒いヤギ頭の男はアタッシュケースを地面に置くと「御意」と答えてサッと姿を消し、瞬きする間もなくエアコンをトレーラーハウスの中に設置した。恐るべき手際の良さ。どこから持ってきた。
「……」
エアコンが起動し、その吹き出し口から出てきた風を受けてヨーセキが身体を起こす。少女は「キャッ!」と悲鳴をあげてその顔を扇子で隠した。
「そこの男! 服を着なさい!」
「はい。」
モニターが次の対戦相手を表示する。対戦表によれば、相手も不戦勝で上がってきているらしい。シュブ=ニグラス。黒い仔山羊。
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