世にも奇妙なバトルログ


「おにいちゃあああんこあかったよおおお!」


 オイラも怖かった。恐怖はまだ継続している。

 ヨーセキはデウス謹製のモビルスーツをあっという間に溶かし切って中に閉じ込められていたヒョーセツを救い出す。観客は荒れ狂った。教祖デウスがいなくなった教徒の耳には、運営からの注意など念仏より通らない。フィールドになだれ込もうとして、皆一様に不可視の壁に激突していた。観客席からの援護が一切できないように、また、試合を観戦しやすいようにと観客席とフィールドとの間には見えない壁がある、というのは我々が入場する前にもアナウンスがあったはず。チケットの裏面にも記されていた――はずだ。誰でも知っている常識なのに、ヨーセキはそんな常識すらも溶かしてしまった。


「……。」


 泣きじゃくるヒョーセツを抱き寄せて、左手で頭をなでている。無言ではあるが、張り詰めていた糸は切れて頬が緩んでいた。妹と再会できて嬉しいのか。安堵が窺い知れる。


 退場したオイラたちには誰も近寄らなかった。前回の大会までは運営スタッフが寄ってきて「お疲れ様でした」だの「次も頑張ってください」だのと声をかけてきてくれたのに。オイラが目を合わせようとすると「ヒッ」と短い悲鳴を上げて後退りしたり、忙しなく足を動かして逃げ出したり。――まあ、無理もないな。あれだけ一瞬で勝負がつくなんて誰も思わんよ。オイラの視力が悪いせいでイマイチ見えなかったのは逆によかった。見えなかったから脳内で映像を補完するしかないんだけど、あのデウスをヨーセキは躊躇いなく溶かし切ったっぽい。観客の中には吐いているやつもいた。なんだか気の毒だ。人気者を倒してしまった不人気なオイラの罪は重い。


 でもさ、この『トーナメント』ってだったじゃんか。そうじゃん? 回を重ねるごとに、人間は弱くて脆いものだけど我々は完全無欠で至高の存在だっていう勘違いがひどくなっていって、我々が死ぬなんてあり得ない! ましてや人間にやられるなんて! と驕っていたところある。


 だからこそ、オイラは恐れている。

 ヨーセキのその右手が、次にオイラを狙ってくるんじゃあないかって。


「次は決勝戦ですね。」


 ヨーセキが確認してきた。ヨーセキの目的は『妹と再会すること』だったはずだ。達成されている。つまり、オイラが承認すれば決戦の地へ足を運ばずとも、ヒョーセツと共に元の世界へ帰れるのだ。


「決勝戦、行くのか?」

「?」


 不思議そうな顔をしている。オイラ、なんか間違ったこと言ったかな。ヒョーセツはヨーセキに抱きついたまま「おにいちゃん、頑張ってね!」と呑気なことを言ってヨーセキの胸に顔を擦り付けた。まあいいか。オイラはパソコンで対戦相手の情報を調べる。決勝戦まで駒を進めてきた相手。

 前回大会はともかく、これまでの決勝戦はやはり向こうも意地があって、人間の中でも戦闘力の高い者――武術を極めた者や、紛争地帯で戦いに明け暮れている者など――との激戦の記録だ。みんなオイラのことを馬鹿にするけど、連続して二位って本当はもっと尊敬されるべきなんじゃあないの。


「不戦勝?」


 なんて思いながら出てきた相手さんの情報。なし。な、なしなんてことあるか! いや、ないな。なんも出てこない。……戦闘記録が出てこない……。会場に来て、チェックインを済ませてはいる。


 ここまでの全試合で、第一試合から準決勝まで全てに不戦勝扱いとなっていた。


 ルール上は問題ない。問題ないが、興行的には大問題だろうなあ。チケットの払い戻しはできないし。オイラたちも準決勝戦まで会場行ってないから人のこと言えないか。でもさ、年に一度の人間同士の戦いを見にきた観客はがっかりしてしまうよ。代わりにりしゅうちゃんのワンマンライブがあるならまだいいかもだけど、りしゅうちゃんは車椅子モードだ。


「どんな相手だろうと、勝って、優勝します。」

「わたしも応援するよ!」


 いやまあ、やる気満々なのはありがたい。オイラは優勝したいのだから。


「このビューティフルなぼくおれの力で『トーナメント』は今回でフィナーレとしよう!」

「わっ!?」


 なんかきた!?

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