天国でも地獄でもないがどちらかといえば地獄に近い場所へのカウントダウン


「ヒィガァシィイイ! 〝爆裂の舞台装置〟デウス・エェクゥース! マッキィナアアアア!」


 赤髪お団子ヘアのデウスとロボット――常磐氷雪ときわひょうせつは、観客席に手を振ってアピールしながら入場してきた。オイラとヨーセキはチェックインの期限ギリギリまで入り口で粘っていたのに、来なかった。残り一分のところでオイラたちが失格になってしまわないようにチェックインしたぐらいだ。彼らはどこから入ってきて、いつの間にチェックインを済ませたのか……?


「ニィシィイイイイ! 〝冥土の道の案内人〟カロォオン!」


 デウスに対しては歓声が上がっていた。デウスに対しては、だ。オイラとヨーセキが観客席から見える位置まで進むと、ブーイングの嵐が歓迎してくれた。去年よりひどい。見たくはないが、観客席は視界に入ってしまう。身体のどこかにオレンジ色のアイテムを装備しているデウスのサポーターが、その親指を下に向けていた。オイラの味方は実況のりしゅうちゃんだけだよ。りしゅうちゃんさえいれば十分だ。あ、あと、今年はオイラを応援してくれているおばちゃん。オイラには心強い味方がいる。こんな有象無象のファンには負けない。


「氷雪はあの中にいますか?」


 ヨーセキには耳がついていないのか。――ついているな。その耳は飾りじゃあないよな。オイラとの会話は成立しているんだから。この圧倒的なアウェイ感をスルーして、ヨーセキはデウスに侍るロボットを指差す。


「ああ。そうだ」


 オイラが答えたタイミングで、デウスはロボットのメットを外してくれた。現れた少女はヨーセキを見て「おにいちゃん!?」とこちらの想定通りの反応をする。


「まーじ?」


 デウスは知らなかったらしく、ヨーセキとヒョーセツの顔を交互に見てから「あららあ。みんなー! キョーダイ対決しちゃうってえ!」と観客席に呼びかけた。観客どもからはデウスの入場時よりも盛大な歓声が上がる。


「マキナちゃん!」

「なーに?」

「わたし、おにいちゃんとは戦えないよ!」


 ヒョーセツが叫んだ。ロボットは指定の位置にその両足をくっつけて、微動だにしない。


「ダイジョーブダイジョーブ。戦うのはモビルスーツのほうだからあ! ……ポチッとな」

「マキッ!?」


 デウスが手元の緑色のボタンを押す。何か抗議しようとしたヒョーセツをその機内に閉じ込めたまま、ロボットはその場で時計回りで回転し始めた。観客席からは笑い声すら聞こえてくる。


「……。」


 きっと、オイラたちは同じ気持ちだろう。その手のひらから血が出そうなほどに拳を握ったまま目を伏せているヨーセキに、オイラは「作戦通り、デウスをぶっ潰そう」と声をかける。そして、試合開始を告げる銅鑼が打ち鳴らされた。


「はい。」


 ヨーセキが駆け出す。ロボットは回転をやめ、デウスを庇うように一歩前へ出た。その図体を盾にして参加者デウスを守る構えだ。


「はぁーはっはっはっは!」


 デウスが高笑いしている。こちらからは見えないが、また別のボタンを押したらしい。ロボットの両肩は変形して砲台が出現した。去年より確実にグレードが上がっている。


「喰らえおにいちゃん!」


 デウスのかけ声の後に砲台から薬玉くすだまおにいちゃんヨーセキに向かって発射されていく。軌道がデタラメすぎて本人にはかすりもしないが、フィールドに着弾してあちこちに穴を開けている。こっちまでは飛んでこない。


「あなたの兄ではありません。」


 ヨーセキは爆弾そのものや穴を回避しながら突っ走っていく。ロボットの新たなギミックに驚き、喜んでいた観客の方々は、次第におとなしくなっていった。


 観客からしてみれば『一見して顔がいいだけの普通の青年であるヨーセキが、自身が応援しているデウスの作り上げたロボットに臆することなく立ち向かっている』姿を、チケットを購入してまで見せられている。配信もあるのに。


 やがてヨーセキはロボットの右足、そして左足にタッチする。足の部分が溶けて、地面と溶接された。これでもう身動きは取れまい。やりよる。


ぜろ」


 観客席の誰かが呟いた。この声は、もしかしたら、さっき参加者用の入り口で出会ったデウスのサポーターかもしれない。そうでないかもしれない。いずれにせよ、この観客席の中にいる、誰かの声だ。オイラはその誰かの名前を知らないし、ひょっとするとデウスもそいつの名前を知らないかもしれない。


「そうだ! 爆発しろ!」


 その誰かの声に、誰かが賛同した。どこかに「爆破! 爆破!」と声を上げる者がいる。その声に、隣の席の観客が乗っかった。その隣の席の観客もマネし始める。


「爆破! 爆破!」


 やがて爆破コールが会場全体を飲み込んだ。実況のりしゅうちゃんが「ストォーップ!」とマイクで呼びかける。観客の耳には届かない。観客席にいる全員が、デウスの味方だ。もしデウスを快く思っていない者が混じっていたとしても、たまたまゲットできたチケットがこの試合だった者がいたとしても、今この瞬間だけはデウスのサポーターだった。


「しょうがないにゃあ!」


 デウスがボタンを掲げる。観客が「ウオオオオオオオオオ!」と熱狂した。その〝Danger〟と書かれたボタンは、オイラも見覚えがある。去年見たやつ。


「――ここだけの話、マジのマジでヒョーセツはそばに置きたいって思ってる。涼しいから。おにいちゃん、許可してもらえない? このボクが一生大事にしちゃう」


 デウスが何やら喋っている。オイラにはその内容までは聞こえない。ヨーセキが「渡しません。」デウスの面前まで到着し、デウスが掲げていたボタンを上段蹴りで叩き落とす。


「イッテ!」

「降参しませんか?」

「……君が回れ右してカロンを倒してくれたら、ボクは決勝戦が始まる前に降参しよう。そうすれば君はヒョーセツと仲良く元の世界に戻れちゃうよ。どう?」

「お断りします。」

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