君子触らぬ神と己を知れば百戦危うからず


 すっかり戦意喪失してしおらしくなったお嬢様を運営本部に導くのは造作もなかった。ヨーセキ? 置いてきたよ。能力を発動した後はクールタイムが必要っぽいしね。

 参加者が戦闘不能になった場合の人間の処遇を誤魔化しとかないとな。うまいこと言っとかないとオイラが溶かされちゃうぜ。こわいこわい。


 りしゅうちゃんはオイラが二戦連続で運営本部に現れたり、首輪が外れた(=参加資格がなくなった)人間を連れてきたりするもんだから「迷子見つけんの得意か?」と軽口を叩く。


「うちのSRスペシャルレアさんが『トーナメント』の概念を崩してくれちゃってる」


 例年通りなら試合時間までに『トーナメント』会場へ出向かなければならない。トレーラーハウスにいるところを狙ってくる参加者がたまたま二戦連続だっただけ。おかげで苦労せず勝ち上がれているが、このままでは『運だけ』の悪評は消えないんじゃ……まあ、優勝すればいいってことよ。日本語には『勝てば官軍』なる言葉もある。そういうことで。


「ま、次も頑張りたまえよ☆」


 りしゅうちゃんはオイラを応援してくれているようだ。このウインクはそういう意味合いだと捉えよう。嬉しいなあ。俄然やる気も湧いてくる。頑張るのはオイラカロンじゃないとは言わないでほしい。

 しばらく歩いてからトレーラーハウスのオートロックが暑さで壊れてしまっていることを伝え忘れたのを思い出した。さっきのお嬢様と黒ヤギコンビの道場破りは『ヨーセキ自身が発熱してトレーラーハウス内の気温が上昇した結果、オートロックがバカになってしまって解錠した状態になっていた』せいだ。

 戻ろうかな。どうしようかな。あとは第三試合と準決勝と決勝の三戦で終わりだしなあ。いけるといえばいけなくもない。ヨーセキの迎撃スキルは高いし、鍵をかけ忘れなければいい。

 出てくる時に鍵をかけたか気になってきたぞお。いや、かけたはず。やっぱりさっさとトレーラーハウスへ――


「運カスのカロンじゃんかあ」


 不意に声をかけられる。運だけのカスを略して運カス。ひどい呼び名だ。無視したいが、行く手をが遮ってきた。背中から白煙を吹き出している。


「どいてくれないか。急いでるんだ」

「今年も順調に勝ち上がっちゃってんね。ま、次はボクが勝っちゃうんだけどさあ」


 聞いてくれない。

 お団子ヘアの赤髪、キャミソールにホットパンツの(見た目は)少女。不敵な笑みで挑発してくるのは『トーナメント』の常連、デウス・エクス・マキナ。参加回数で言えばオイラより多い。ただ「今回は出来がイマイチだからキャンセルね」と参戦しなかった年があるので、連続出場ではない。

 彼女は召喚した人間に自作のアーマーを着せて戦闘力を底上げする。オイラの目の前にいるロボットがそれだ。この機械仕掛けの出来を「観客に披露するためだけに参戦している」とまで噂されている。毎年のようにで敗退するのだ。決勝戦まではいかない。レアリティの低い、か弱い人間を召喚してしまってもお手製の強化スーツを装着させることで準決勝まで勝ち残らせる実力はあるから、優勝しようとすればできるはずだ。しかし、デウスはその名誉に興味がないらしい。


 

 中の人間は死ぬ。


 去年の準決勝戦。オイラvsデウスという対戦カード。目の前でこの自爆芸をされた。

 オイラとコンビを組んでいた人間は血気盛んな(現実では暴走族の総長なんだとか)少年は意気消沈し、決勝戦を目前にして降参を選んでしまう。止めなかったオイラもオイラなんだけどね。忘れたくても忘れられないよ。


「彼女はとってもクールでさあ。彼女が冷やしてくれちゃうから、機動部が熱くなりすぎちゃったり熱暴走しちゃったりすることもないし、相性抜群!」


 デウスはロボットのメットの部分を取り外す。小顔にアーモンド型の瞳が目立つ、ストレートヘアの少女の頭部が露わになった。


「また自爆させるんじゃないのか」

「もったいないよお。うっかり優勝しちゃお!」


 デウスは少女のほおを撫でて「ねっ、氷雪ヒョーセツ」と呼びかける。確かに、そう言った。

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