地震雷火事親父、悪霊よりも怖いものは人間って話


「久しぶりじゃのう」


 噂には聞いていたが、実際にこうして向かい合ってその姿を見ると――若い頃を知っているだけに、余計に――老いぼれが時の流れに歯向かうような、言っちゃ悪いけどを感じる。

 テセウス。旧知の彼は、あくまで英雄として生きるためにこちら側には来なかった。どっちかっていうと人間より我々サイドの存在なのに。来なかったので、その身体機能は加齢により劣化していく。


「なんじゃその顔は」


 のどに付けられた装置のおかげで、テセウスの声はこの距離でもはっきりと聞き取れる。有名な〝テセウスの船〟の逸話に。住んでいる場所が違うから、ほんと、噂でしか知らなかったんだよ。オイラはね。身体を構成している筋肉やら臓器やらを人工物に取り替えて、垂れ下がった皮膚は培養したものをパッチワークのように貼り付けている。お前はテセウスといえるのか?


「ワシもな、よもや決勝戦まで駒を進められるとは思っとらんかったよ。年を取ると時間が経つのが早いもんで、気付いたら決勝戦じゃった」


 そのカラクリはサチオから聞いた。サチオもヨーセキと同じく能力者で、それでいて他の能力者より『パーフェクトでスペシャルだった』(※原文ママ)ためにヨーセキやヒョーセツとは違う組織に所属しているのだと。その能力【疾走】は(ご本人から長々と説明があったので要点だけをまとめて割愛すると)時を操るパワーなのだとか。

 テセウスに召喚されたサチオは、テセウスに能力を使用して自身の首輪の起爆装置を奪取する。英雄たるテセウスが万が一にでも【疾走】を解除して、そのスイッチを押す可能性をゼロにするためだ。そして第一試合から準決勝戦までの対戦相手を『トーナメント』から除外し、記録上はテセウスの不戦勝にしたためる。不正はなかった。いいね?


「マイフレンド。残念だが、君の快進撃もここでジエンドだ」


 オイラはテセウスに宣言して、サチオの首輪のボタンを懐から取り出した。なんとなく、サチオの言葉遣いが伝染している。試合開始の銅鑼が打ち鳴らされる前に、オイラはサチオの首輪を爆破した。なぁに、手筈通りだよ。


「なっ!?」


 侍らせていたサチオの姿が消えて、作戦をミリグラムたりとも聞いていないテセウスは眼球を飛び出させそうなぐらいに驚いてくれた。申し訳ない。だが、テセウスにオイラたちの作戦を伝えるわけにもいかなかったんだ。テセウスにだって優勝したい気持ちはあったろうに。

 サチオは死んでいない。亜空間に退避した。表彰式と閉会式が終わるまでその場所に待機し、あとは【疾走】を使用してこの世界そのものをのだとか。他の世界からの相互のアクセスを遮断して、独立させる。もう二度と『トーナメント』が開催できないように、召喚システムをダメにしてしまおうという魂胆らしい。


「優勝しましたね。」


 ヨーセキが他人事のように言ってくれた。ちょっとぐらい喜んでもいいんじゃないか。控室に残してきたヒョーセツは、きっと喜んでくれているだろう。


 ヨーセキは、最初から『カロンの優勝』を考えてくれていたのだ。本当に君ってやつはSRスペシャルレアさまだよ。戦闘力だけが高いような、前回までの最高レアリティとは違う。ちゃあんと参加者のを考えてくれていた。


 ルールブックを読んでも――自身の目的である『氷雪との再会』が果たせていても――降参しようとしなかったのは、オイラの優勝が念頭にあったからだ。降参したら、優勝はできないから。

 と、控室からこの位置に歩いてくるまでに打ち明けてくれた。淡々としていて、本心は見えなかったけども。


 オイラはヨーセキに銀貨をプレゼントした。ヨーセキは人間だ。不思議な能力を持っているけど、人間だからいずれは死ぬ。オイラが普段いる場所に来るのは、遠い未来の話でいい。その時にこの銀貨をオイラに渡してくれたら、オイラはヨーセキを船に乗せることができる。

 これから表彰式が行われて、りしゅうちゃんが「お前の望みを言え。どんな望みでも叶えちゃーうぞっ☆」と言ってくれるので、その時にヨーセキはヒョーセツと共に元の世界に戻ることを望めば帰れる。

 オイラが神の座に行くのは、ヨーセキが川岸に来るまで待とうと思う。この『トーナメント』で得られる権利だけもらっておきたい。


「……?」


 現代の日本に生きているヨーセキには馴染みのない銀貨だよ。とはいえそんなまじまじと見なくてもいいじゃんか。耳元に近づけてみたり、振ってみたりしている。


「日本風にいえば、お守りみたいなもん」


 いざというときの身代わりとまではいかなくとも、オイラの加護があるぶん、持っていない人間よりはんじゃあなかろうか。オイラの強運がね。

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