ご挨拶
「まぁまぁ可愛いお嬢さんね。ひどいわルド、良い人がいるなんてもっと早くに教えてくれれば良かったのに」
(そうですね、息子さんひどすぎますよね。まさかとは思ってたけど、装いの準備も心の準備もする間もなく連れてくるなんて、ひどいご子息ですわ)
心の中の本音は押し殺し、ルドの母君に挨拶をする。
「急な訪問、誠に申し訳ありません。あたしもびっくりしました。街でたまたまルド様とお会いしたら、こちらに連れてこられたのですから、ねぇルド様?」
義母になる人に突然来た無礼な女とは思われたくない。
徹底してルドが責任取ってよね。
「申し訳ありません母上、そしてチェルシーも。長年の恋が実り、つい気が急いてしまいました。母にも早めに婚約についての報告をしなくてはと思い、居ても立っても居られなくなりました。浅慮でした、すみません」
深く頭を下げている。
(いやいや、そんな風に下手に出過ぎられても困るわ)
おい、当主。
使用人達がこちらを物珍しげに見てるぞ。
見定めの視線も混じってる、帰りたーい。
「立ち話もなんですから中でお茶でもしましょ」
「ありがとうございます」
にこりと笑みを作り、武器(化粧)も防具(おしゃれ着)もない状態で戦に繰り出すことにした。
「改めて、私はルドの母のクレアよ」
幼さの残るほわほわした人だわ。
いや、でもルドの結婚相手を滅茶苦茶吟味してたと聞いたし。
釣書たっぷりあるって言ってたし。
急に現れた冴えない女をどう見るのか。
夫を亡くし、女手一つで男児二人、特にライカのような短気者を育てたのだから、油断してはならない。
「あたしはチェルシーと言います。ルド様とともにティタン様の屋敷で働いている侍女です」
家名も公爵夫人の専属侍女という肩書きも伏せてみた。
どんな反応されるのかしら。
多少固まるのは部屋の隅に待機している使用人の方々。
正しい反応よ、主に相応しいか見定めに入るわよね。
「チェルシー」
先にルドが口を開く。
しまった、まだバラさないで欲しいんだけど。
「ルド様ではなく、先程のようにルドって呼んで下さい。他人行儀で寂しい」
そっちだったか。
ちょっとほっとする。
「わかりました、ルド。しかし今度はきちんと先触れを出して、確認してから連れてきてください。今日は買い物だけの予定だったから、ホントのホントに普段着になってしまったけど、あたしだってもう少し良い格好でクレア様に会いたかったわ」
(皆の前で当主が怒られるって嫌よね、でもあたしも怒ってるし舐められたくないの)
視線をひしひしと感じる。
「それはそうですよね、失礼しました。今度はドレスやアクセサリーを存分に贈らせて頂き、改めてお披露目の婚約パーティーを」
「ソコマデハイラナイデス」
極端過ぎるだろ。
王族との付き合いが長過ぎて一部の感覚がおかしい。
こちとらただの子爵令嬢だ。
婚約パーティなんてお披露目はしなくていい。
寧ろこの身分ではしないものだ。
「そのままで可愛いわよチェルシーさん。やっと息子が一人片付くなんて嬉しいわ。正直焦ってたのよね、何時までも良い話は聞かないし、危ない事ばかりしてるし、いつ命を落とすんじゃないかと気が気じゃなかったから」
騎士の仕事は危険と隣合わせだけど、実感が籠もった言葉は重い。
クレア様の旦那様は騎士として殉職されている。
「仕えるべき主君もだけど、守るべき家族が出来ると生きる事に貪欲になるわ。あなたが婚約者で良かった、凄く頼もしいもの」
「いやぁそれ程でも」
褒め言葉よね、きっと。
「朝の様子から、他に気になる人がいるようだったけど勘違いだったようね。ルドは本当に分かりづらいわ」
どういうこと?!
早速のヤキモチを込めて、ルドを睨む。
「俺はチェルシーしか気になりませんが、どの人です?」
ひそひそとクレアに耳打ちされている。
「あぁ、それなら勘違いです。チェルシーを考えていただけで誤解させてしまいました」
ルドがあたしの耳元にそっと顔を寄せた。
そんな近いと照れるからね。
赤くなるからね。
「新しく入ったメイドの子を見て、あなたを思い出してたのです。初めて会ったあなたもあのように、初々しかったなぁと」
(ふっ、そんな事か)
あまりの愛情の深さに、チェルシーは笑顔を保ったまま数分気が遠のいてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます