街の中で

「チェルシー」

街に繰り出した矢先、見知った人を見つける。


チェルシーはギョッとしつつも気持ちを切り替えた。


ライカに言われてはいたが、本当に会えるとは、ほんのちょっとだけしか思ってなかったからだ。


いや、結構期待してた。



「あらルド様。こんなところで会うなんて、奇遇ですね。手を貸して頂けるとちょっと…いえ、かなり助かります」

本心である。

チェルシーは大きな紙袋を重たそうに抱えていた。


「喜んでお貸ししますよ」

ルドは躊躇う事なく重そうなそれをひょいっと持つ。


「女性にこれは大変でしょう。中は何ですか?」

「色々な果物や甘味を。ミューズ様は今悪阻で大変なので、何か食べられる物があればと選んだのですが、つい買いすぎてしまいました」

帰りは馬車を使うから余裕、と思ってたら調子に乗ってしまい、歩くのにも骨が折れる量になってしまった。


「チェルシーも今日は休日ですよね。わざわざ買いに来たのですか?」

ルドが自分の休日を知ってたなんて、きにかけてくれてるようで嬉しい。



「ミューズ様が苦しそうなのに、ゆっくりなんてしてられませんもの。ルド様は何故ここへ?今日はご実家だったのでは?」

ルドは苦笑いを見せる。


「母に結婚を早くしろとせっつかれまして…息抜きで出て来ました」


ライカの言うとおりだった。

さすが双子。


「あら、あたしも言われます。早く結婚しろって実家から手紙の嵐。あたしは仕事が恋人なのに」

実家からのそういう催促に息苦しくなるのはどこも一緒なようだ。

チェルシーははぁとため息をつく。


せめて仕事に理解がある人ならまだいいけど、釣書を寄越す人達は仕事を辞めて家に入れの文言ばかり。

嫌になる。


「良ければ少しお茶を飲みつつ話しませんか?チェルシーはどこか入りたいところなどありませんか?」


チェルシーは誘ってもらえて嬉しかった。

ずっと重い荷物を持っていたので、少し座りたいのも正直な気持ちである。



ライカの言葉は忘れるように努めて、いつも通りのテンションで話すよう心掛けた。


「ルド様と一緒になんて嬉しいです。行ってみたいところがあるので、是非そこに」

うきうきとした気分を抑え、ルドの隣で歩く。

少し見上げるくらいの身長差だ。


チェルシーが案内したのはスイーツのカフェだ。

「こういう所は、初めてですね…

「あたしもここは初めてなんで緊張します、でも美味しいって評判なんですよ」

可愛らしい外観とカラフルな店構えだ。

まだ混み合う前のようで人はまばらだが、女性客が多く見受けられる。


ルドのような男性はまず、いない。

「……」

「ダメ、ですか?」


無言のルドにチェルシーはさすがに嫌だったかと焦ってしまった。

「いいえ、俺と一緒でチェルシーが嫌じゃないかと…女性と一緒の方が良かったのではないかと思っただけです。行きましょう」


ルドはなるべく奥にあるテーブル席を選んだ。

広いソファ椅子の壁際の方にチェルシーを座らせてくれた。


「こちらなら入口から遠いので、人の出入りに気を取られることもなく落ち着くでしょうから」

有り難い気遣いだ。


さっそくメニュー表を開くと、甘そうなものが絵付きでいっぱい書いてあった。



「チェルシーは何が好きですか?」

「こちらのパンケーキと、パルフェが気になります。でも、これも頼みたくて」

顔を真っ赤にし指さしたのはカップル限定メニュー。

なかなかのボリュームだ。


「カップル、ですか」

「いえ、別に深い意味はなくて。ただ、男女で来ると頼めるメニューなんです。一緒に来るような殿方がいなくて、でも今日はルド様と一緒だから折角なら〜と思って」

しどろもどろになりつつ弁解する。


「いいですよ、気になったものを頼みましょう」

ルドは手を上げ、チェルシーが言ったものと飲み物を注文する。


「ルド様の分は?」


ルドは見たこともないようなメニューばかりで決めることが出来ない。

だからチェルシーが食べたいものを頼ませてもらった。


「シェアさせてもらおうと思ってたのですが、チェルシー一人で食べきれますか?」

チェルシーでもさすがにカロリーオーバーだ。

ぶんぶんと首を横に振る。


「では一緒に食べましょう、楽しみですね」

優しく言われ、チェルシーは大きく頷いた。

「はい!」


スイーツが来るまでの間に客はどんどん増えてきた。

カップルもいるが、女性同士の客も多い。


ルドへの視線も多いが、ルドは気にしている素振りはない。

物珍しいのか改めてメニュー表をじっくり見ている。



チェルシーにとってルドは憧れの男性だ。

ルドは誰にでも優しく、身分の上下に関わらず敬語で話す。


屋敷でも困ったものに躊躇なく手を差し伸べるので、人気も高い。


ライカも基本優しいのだが素直じゃなく一言多い。

喧嘩仲間のチェルシーとしては面倒くさくなるのを嫌がり、ついルドの方に甘えてしまう。


「やはり赤毛は気になるのでしょうか」

ルドはメニュー表を閉じるとチェルシーにそう問うた。


周りの視線の意味を聞いているようだ。

本当は気にしてたのかとそこで気付く。


この国での赤髪は確かに目立つが、そこではない。


「多分、ルド様がカッコいいからですよ」

「俺が?」


本気でわかっていない顔だ。

勿体ない。


「カッコいいです。お顔は整ってるし、背筋もシャンとしてて、今日の服装もシンプルながら似合ってて、とってもカッコいいです」


相対する自分が恥ずかしくなるほどだ。



よくいる茶髪にそばかすの幼児体型。


あまり色々な所に寄る予定もないし、ルドに会える保障もなかったので、してきたのは薄化粧くらいだ。

コンシーラーがっつりめに塗ればよかった。


バカにされないよう強気に生きてきたが、年齢も相まってか最近の釣書が、後妻や年配の貴族の側室にと変化してきた。


「あなたに言われるととても嬉しいですね」


ふふっと笑うルドはキラキラして見える。


「こちらこそありがとうございます」

チェルシーは思わず机に頭をつけて、お礼を言ってしまった。


とりとめのない話をしているうちに、頼んでいたスイーツが来た。


「結構多いですね」

想像以上のボリュームに驚いて、目を見張るルドと裏腹に、チェルシーは目を輝かせた。


「凄い、美味しそうです」

どれから食べようか、迷ってしまう。


喜びと期待で胸をドキドキさせているチェルシーを見守りながら、ルドはコーヒーから口にする。


「お好きなものからどうぞ」

チェルシーから先に、ということか。


期待に胸を膨らませ、カップル限定の特別メニューからスプーンを入れていく。


「おいし~い」

幸せな味にほっぺたを押さえてしまう。


「このベリーのソースと甘すぎないホイップクリームがちょうどいいです。ルド様も是非」


「それでは頂きます」

チェルシーの幸せそうな笑顔を見ながら、ルドもスプーンを入れて口にする。


「さっぱりしていていいですね。下のところもクリームチーズが使用されてて俺でも食べやすいです」

チェルシーよりゆっくりしたペースで食べていく。


(デート、これって完璧デートよね?!嬉しい!)


今更の言葉だ。


チェルシーは心の中で小躍りしていた。


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