番外編:誘拐

まさか誘拐されるなんて思ってなかった。


ルドに護身術を習っていたが五対一では分が悪過ぎる。


手足は縛られ、目も口も塞がれて、フスフスと鼻で呼吸をするしか出来なかった。


一人にされ静かになった部屋で、チェルシーは振り返る。





どうしてこんな目にあったのか。




今日は一人で買い物の予定だった。


一緒に来たいと行ったルドだが、生憎仕事で忙しい。


領主で武芸の達人であるティタン様と護衛騎士であるライカが、自警団と領民より嘆願を受け、領地で暴れる魔獣を倒すため屋敷を離れたのだ。


自警団でも倒せないとはどういった魔物だろうか。


まぁあのティタン様とライカなら大概の魔獣は倒せるだろうから心配はいらないが。


そう言った理由で屋敷の護衛が名目上ルドだけなので、ついてくるのは丁重にお断りした。


てか、ちゃんとミューズ様を守って欲しい。


自分の命よりも大切なあたしの仕える人。

その方があたしにとっては嬉しいのだと説得した。





それでもあまりルドを心配させるのは良くないので、新発売のスイーツだけ買ってすぐに帰ろうと馬車を待っている時に、声をかけられた。


「すみません、お嬢さん。公爵家へと向かいたいのですが、道のご案内をしてもらえないかしら?お礼は弾むから」

馬車の中から声を掛けられ、手招きされる。

見たところ旅人のようだ、にこにこと人の好さそうな笑顔の女性が呼んでいる。



公爵家ならばもちろんあたしも行く。

今から行くあたしの勤め先だからだ。


道案内を頼まれたし、このまま乗せてもらえれば屋敷にもすぐ帰れる。



あたしは口を開き、

「すみません、あたし忙しくて。他の人に聞いてください」

と、断った。


知らない人の馬車になんて乗りませんが?

常識でしょ?



そうしたら、御者が下りてこちらに近づいてくる。


「すまないけどお嬢さんに聞きたくてね。公爵家で働く人って聞いたよ?お嬢さんなら公爵様にも話が出来るだろ?」

「あたし今日非番なので屋敷に顔を出しても入れませんよ。皆に実家に帰ったっていってますし。変な顔されちゃいますので」


怪しすぎる。


とっとと逃げようとしたのだが、それより早く腕を掴まれた。


反論するより早く馬車から人が降りてきて口を塞がれ、体も持ち上げられて馬車に押し込められる。

せっかく買った新作スイーツが無残にも道端に転がった。


(ミューズ様へのお土産が!)




誰かの悲鳴が上がった。

これで通報してくれるはず!


ジタバタともがくが、猿轡も縄も外れない。


「んー!」

「暴れるんじゃねぇ!」


キラリと光る刃物が見え、さすがに血の気が引いた。


まだ死にたくはない。


大人しくなったチェルシーの目も塞がれる。


(変なところ触らないでよね!)

ジタバタとしたら、馬車の床に転がされた。


ぞんざいな扱いに憤るものの、心配になる。


(どうなっちゃうの、あたし…)

何故誘拐されたのか。


人身売買目的か。それとも、まさか身代金?


実家は遠いし、ほぼ縁を切っている。


人身売買にしても、顔も体もお世辞にも綺麗とは言えない。

こんな胸もぺったんこなんですけど。


人体実験とかは嫌ぁ!


目撃した人達が一刻も早く憲兵を呼んでくれれば、なんとかなる気もするが。



連れてこられた先で、どこかに閉じ込められ、やがて、しんと静かになる。







(こわい、何でこんな目に)


どういうつもりなのか全くわからない。




どれくらい経っただろうか。

長いような短いような時間が過ぎ去る。



誰かが来た。


猿轡が外される。


「おい、お前」

目隠しはそのままで話しかけられた。


「あたし…?」

恐る恐る口を開く。


「お前だよ。お前がチェルシーだろ?公爵夫人お気に入りの侍女っていうのは」


「お気に入り?!あたしが?!」

専属ではあるがお気に入りという表現は嬉しい。


ミューズ様が言ってくれたら、と妄想すると天にも登る気持ちだ。



「どうなんだ?お前がチェルシーか?」


「えっと…」


嬉しい気持ちと困った気持ちが湧き上がる。


この状況でこの質問。

どういった意図だろうか。


「そうよ、チェルシーよ」

意図はわからないが、素直に答えた。


「なら良かった、これで心置きなく手紙を置いてこれるぜ」

「手紙?」

「そう、身代金のな」


あたしはびっくりして動かせない体を何とかよじった。


「身代金?!あたしの実家は貧乏だし、あたしの為にお金なんて出さないわよ!」


「そっちじゃなくて、公爵家の方から巻き上げるんだ。なんたってお前は公爵夫人のお気に入りだろ?噂だぜ、たかだか侍女の結婚式を公爵家で準備して、金も出したってな」


ああああああああああ!そういえば!


「それに旦那も護衛騎士で稼ぎもある。どちらが払うにしろ、身代金を要求する手紙を公爵家に出せば、がっぽりもらえるはずだ」


確かにルドなら金に糸目をつけないと言ってくれそうだし、ミューズ様が知ればあたしに限らず、きっと心配してお金を出すと言ってくれるだろう。


だが、そんな迷惑をかけるわけにはいかない。


「やっぱ嘘、さっきのなし!チェルシーってあたしの双子の姉でーす!」

「そんな嘘に乗るわけねえだろ。んじゃあ大人しくしてろよ」

呆れたような男の声。

ダメだったか。


次の案を考えていると、頬に冷たい金属を当てられる。


「ひっ?!」

「死にたくなかったら余計なことはすんなよ、わかったな?」


猿轡をまたされて、男は出ていった。

しかし、体の震えは止まらなかった。







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