甘々のまま帰らせて
「だ、大丈夫ですか?」
ルドに心配され、顔を覗き込まれる。
チェルシーは何とか起き上がるものの、心臓は早鐘を打つように脈を打っている。
「少しお時間を下さい、落ち着くまで」
チェルシーは深呼吸を繰り返す。
冗談を言う人ではないってわかってる。
顔良し。
性格良し。
身長高い。
職業も安定。
冗談も言わないクソ真面目だが、そこも良い。
家柄一応同じ子爵位だしOK。
仕事の理解もあるが、長男というのは気になる。
同居?
「もしも、もしもですよ。結婚したら、同居ですか?」
そこは確認しておきたい。
「いいえ。実家はほぼ母のものですし、俺は二人での生活を楽しみたいです。ティタン様の屋敷から近いところに新居を持ち、通えればと思います」
とても嬉しい言葉だ。
「ただ母のところへの仕送りがありますので、贅沢は出来ないかと思いますが、それでも大丈夫でしょうか?」
「二人で働けば大丈夫です!」
掃除も料理も出来るから人を雇うのはいらないし、それくらいなら頑張れる。
親を大事にするのは悪いことではない。
「それは、受けてもらえるということで、いいのでしょうか」
ルドは期待の眼差しでチェルシーを見ている。
気の利いた返し、何かあるかしら。
ミューズ様ならきっと上品に返すはず…。
「有り難くお受けいたしますわ。あたしも、ルド様をお慕いしております」
出来るだけ上品な笑顔を心掛けた。
「……」
ルドは言葉もなくチェルシーを見つめた。
何か間違えてしまったかしら。
女としての魅力がなかったから?
「嬉しい時も言葉が出ないものですね…涙が出るかと思いました」
目元を押さえ、肩を震わせた。
「これから、ぜひよろしくお願いします」
ルドは真摯に向き合ってそう言った。
涙はないものの、目元は赤い。
「ルド様…」
「ルドと呼んでください、あなたにそう呼ばれたい」
はにかむような眩しい笑顔。
またしても目眩で倒れそうだわ。
「ルド…」
「はい」
小さい声しか出なかったけど、満足そうな返事が返ってくる。
良かった。
しばしほわほわとした空気が流れた。
「そろそろ出ようと思うのですが、その前に一つだけお願いがあります。
一度実家へ顔を出してから屋敷に戻るつもりなので、お土産を買っていってもいいでしょうか?先程メニュー表を見ていたらテイクアウトがあったので、少しだけ待って頂ければ有り難いのですが」
「はい、わかりました」
まさかあたしも一緒にルドの実家に?と思ったが、この大荷物を抱えては行くまい。
ルドがカウンターへ向かったのを黙って見送る。
待つ間ゆっくりと店内を眺めた。
初デートやプロポーズの場所に良かったんじゃない?
ベッタベタなデートスポットという、自分の店選びのセンスを褒めつつニマニマしてしまった。
「!」
その時ドアから入ってきた人を見て、思わずメニュー表で顔を隠す。
あまり良くない知り合いだ。
王城で行われるような大きいパーティなどに参加した際、主がホールへ行っている間など基本メイドは付き添わない。
ミューズの場合はマオが従者として、会場に同行するので、軽いお色直しは彼女がしてくれる。
しかし髪の崩れなどがあった際は、チェルシーが一緒にパウダールームへ行って直す必要がある。
そのため使用人用の控室でずっと待機してなければならない。
なので他家の侍女やメイドと話す機会は割とある。
ミューズと親しい令嬢の侍女達と話す事もあるが、逆に言えば親しくない令嬢の侍女と話すこともあるので。
非常に話したくない。
プライベートで会うなど以ての外。
しかも彼女たちは婚約者がいる事を理由に、チェルシーを馬鹿にしていた。
メニューの端から様子を見てたら、気づいたようだ。
陰険な女子達め、目ざとい。
「チェルシーさん、こんなところでお一人ですか?寂しいですね」
「仲良しの吊り目さんは一緒ではないの?まぁ二人揃っててもちんちくりんですから、このような場では浮いてしまうでしょうけど」
「凄い量の皿ね、小さな体のどこに入るんだか。容量の開いてる頭とかかしら」
オホホと嘲笑する三人に、誰がちんちくりんだと憤る。
あとマオを敵に回すと怖いからな、後で告げ口してやると心に決めた。
「うふふ、嫌ですわ。このような量一人では食べれるけないでしょ。常識知らずの三人にはわからないのかもしれませんね」
腹立って、ばちばちに喧嘩を売る。
三分の二か四分の三はあたしが食べたような気がするが、詳細は伏せさせてもらう。
「カップルメニューが特にオススメですわ。三人共婚約者がいらっしゃるのですよね、是非一緒に来てはいかが?」
チェルシーは知っている。
三人共年齢を気にして恋愛ではなく政略結婚で相手を決めたはずだ。
余程好いてる者でなければ、婚約者といえど、このように女性に媚びた甘々なカフェに来るはずはない。
とてつもない勇気がいる。
ルドは躊躇いもなく入ったけど。
「そのうちに来るわよ」
「彼、甘いもの大好きだもの」
「皆でトリプルデートでもいいかもね」
言ったな、言質取ったぞ。
マオに言っとけば全部情報筒抜けだからな、あの子凄腕の諜報員なんだからな、と心の中で息巻く。
火花を散らすような視線を交わしてると、落ち着いた声が掛かる。
「あなた方はどなたですか?彼女の知り合いですか?」
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