番外編:甘えて甘やかされて

勤め先にてご飯をご馳走になって、家路につく。


道は暗いけれど、ルドが一緒だし、手も繋いでもらってるから尚更安心だ。


「食事は美味しかったですか?」


「えぇ、とっても!」


至れり尽くせりの夕食をご馳走になり、お腹は満足している。


完全に気持ちが晴れたわけではないが、少しは落ち着いた気がする。


「今回の事件は目撃者もいたので公表されます。なので、しばらく注目を浴びるかもしれませんから、少しの間お出かけは控えめにしましょう」


「えぇー新作スイーツが発売中なのに」


今日食べ損なった事を思い出してしょんぼりしちゃう。


「そんなに食べたかったですか?」


「ミューズ様やマオと食べようと思って買ったんだけど、落としちゃって。勿体なかったなぁ」


食べ物を粗末にしてしまったことに罪悪感を感じる。


「俺が代わりに買ってきますから、少し我慢してくださいね」


優しい青い瞳が見つめてくる。


「うん…」


いっぱい心配してくれているのに、食いしん坊な事を言っちゃって本当に申し訳ない。


「今日は本当にありがとね。助けにきてもらえて、すっごく嬉しかった」

食べ物の話から軌道修正しよう。


嬉しかったのは本当だ。

まさかルドが来てくれるとは思ってなかったから。


転ばないように支えてくれたし、血の場面を見ないようにハンカチ貸してくれたりとか、あんな気遣いと手厚く保護してもらえたのだから、文句はない。


「助けにいくなんて当然です。あなたは俺の妻なのだから。本当にチェルシーが無事でよかった」


家路に着く途中なのだが、ルドがあたしを抱きしめる。


「ちょ、ちょっと…!」


暗いし、遅い時間とはいえ誰に見られるかわからない。


「すみません、つい」

帰るまで我慢できなかったと耳元で囁かれた。


「チェルシーがこうして俺のもとに帰ってきてくれてよかった。会えなくなるんじゃないかと、顔を見るまで不安で仕方なかったです。もう離れないでください」


「あたしも、もう会えないかと思ったわ…」


圧倒的な力で攫われて、抵抗なんてほぼ出来なかった。


殺されてたかもしれない状況に、今更ながら震えちゃう。


「今日は一緒にいてね」


ルドの背中に回した手に力を籠めると、彼の体に力が入るのが感じられた。


「当然離れるわけがありません。では、早く帰りましょう」


少しだけ余裕のない声。


足早にルドに手を引かれる。


「あの、どうしたの?」


「素直に甘えてくれるチェルシーが可愛いから、抑えが利かないだけです」


握られた手に力が込められた。


「それってどういう意味?」


顔を見ようとすると手で隠される。

ちょっとだけ見えた頬が赤い。


「家に着いたら教えます。だから今は見ないでください」


「?」


やがて家に着いた。


甲斐甲斐しい世話を受け、一緒に入浴し、隅々まで洗われる。


「一人で出来るから!」

「ダメです、一緒にいると約束したのですから」


ルドの手は大きい。

なのにとても繊細に動くからなんだかくすぐったい。


丁寧に髪を洗われ、背中も流してもらった。


お礼にとルドの背中を洗ってあげるがその体には大小様々な傷がついている。


いずれも古いもので、今日ついたものはない。


内心ほっとしながらお湯を掛けてあげる。


「ありがとうございます、チェルシー」

「どういたしまして」


濡れた赤い髪が色っぽい。


引き締まった体がかっこよすぎて、自分の体が恥ずかしい。


食べ過ぎてぽっこりしたお腹とか、もう穴があったら入りたい。


「風邪をひきます、温まりましょう」

「うん」


後ろから抱え込まれるようにして一緒に入る。


ごく普通の浴槽だから二人では狭く、一緒に入るなんて滅多にないから、夫婦であっても恥ずかしい。


すぐにのぼせそうだ。


お腹周りに腕を回され、危うく悲鳴を上げそうになった。

こんな夜中に叫んだらご近所迷惑になっちゃうじゃない。


「ルド、お腹はダメ!」

ぽよぽよしてるから出来れば見るのも触るのもつまむのも止めてほしい。


「何故です?可愛らしいのに」


ふにふにと触れられる。


「ルドと違ってぽっちゃりしてるから、恥ずかしいの。もう触らないでよ」


手を止めようとしたら、押さえられてしまった。

もちろん優しくだが。


「ぽっちゃりでもチェルシーはチェルシーです。どんな姿でもきっと可愛らしいですよ」

「言ったわね、スイーツ食べ放題とか行きまくるわよ」


自分の発言に責任をもってもらえるように、とことん大きなってやろうかしら。


「その前にきっと大きくなりますから」


優しくお腹を撫でられた。


「スイーツご馳走してくれるの?」


「もちろんそちらもご馳走しますが、子ども、欲しいなって思って」


唐突な言葉に頭が働かない。



「チェルシーを失うかもしれないと思ったら、余計に子どもが欲しくなったんです…あなたとの繋がりがもっと欲しい」


のぼせる寸前、浴槽から上げられる。



「ちょっと待って、気持ちの準備が…」


「待てません」


有無を言わさぬ迫力に、言葉を飲み込んでしまう。

強く言われた事など初めてかもしれない。




「今夜は離しませんので、そのつもりで」

艶っぽい笑顔。

あたしはずっとルドは淡泊な人だと思っていたのだけど、違うのかも。





その夜はルドにとろけるほどに甘やかされて、あたしはいつの間にか眠りについていた。







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