十四

 二日酔いの頭が疼いた。

 赤塚はまだ眠っている。

 水を飲んで、赤塚の寝顔を眺めると、吐き気がして、俺は何も無い胃の中から水を吐いた。それから、水を飲み、また水を吐いた。そうしていると赤塚が起きて来て、仰々しい面で俺を眺めた。

「おいおい、アレくらいで次の日吐いてたんじゃあ、酒呑みの名折れだぜ。夢の中でも酒を呑んで居たのかい」

「仙境に行ってな、ソコで呑んで居たよ。あれは美味い酒だったなあ。君も今度行ってみると良い。桃源郷の仙桃は美味いぞ」

 胃酸で焼けた喉をどうにか動かし、それから二人で笑った。

「本当に夢の中でも酒を呑むたあ、君もやるもんだねえ。それで仙境たあどんなとこだい。まあ、メシを食って、迎え酒でもして、それからその話を聞かせてくれ」

 そう言い、赤塚は笑い。二人で卵を乗っけたチキンラーメンを食べ、迎え酒にラムを呑んだ。

「良いかい、仙境たあねえ。そりゃあ、夢の様なところさ」

 俺が気持ちよく話を始めようとすると、赤塚が口を挟む。

「夢に見たんだから、そりゃあ、夢の様なところだろうよ」

 皮肉めいた言い方と、厭らしい笑み。

「良いから聞いてくれ。俺の夢の仙境ではね、この世に見た事もない、上手い酒がね、鱈腹呑めて、って云うのもさ、泉に食っても美味い不老長寿の妙薬仙桃を放り込みゃあ、伝説の通り酒が湧いてね、それがまた良い香気をしているわけだ。って云っても、よくは覚えてないけどな。それで、その酒をとにかく鱈腹呑んで、散歩に出ると瓢箪の蔓があってな、そこに生った瓢箪をもぎると、たちまちその青かった瓢箪が漆器に変わって酒で満たされている始末でね。そこから、しばらく柔らかい芝を踏んで歩いて行くとね、ああ、この芝も不老の薬に違いないが、それには構わないでね。そうすると、煌びやかな衣装をした仙女が歌い踊りの宴をしていて、そこに何気なく混ざってみたのだが、呑めや歌えやてんやわんやで、この仙女たちがまた良い女には違いないんだが、やりたいとかそんな下賎な気持ちも湧かずにね、見ているだけで、その声を聞いているだけで十分なのさ。そこから、また歩いて行く」

 よく思い出せないが、なんとか頭を捻って絞り出す。

「まだ、あるのかい。酒と女と歌と踊りで、もう十分じゃあないか」

 随分と俺の話に飽きているらしいが、俺は最後まで話したいから、続ける。

「まあ、いいから。そこで、今度は仙人が滝壺を背に碁を打っている。いやいや待て、滝壺じゃなくて、この世とあの世の境にある、滝に違いない。まあ、とにかく大黒天みたいのと、福禄寿みたいな仙人が道士に扇を扇がせていたのか、それか傘持ちだったかは忘れたがね、とにかく碁を打っている。そこで、その福禄寿みたいな方の一手を手伝ってやると、何かを貰ったんだ。それで、その何かを持って、下界に降りて何かをしたんだが、なんだったか忘れちまったよ。まあ、良いところなんだよ。仙境ってのはさあ」

「待て、待て、その何かってのは何だい」

 俺が話をしている間はツマラナそうにしていたのに、急にそんな事を言う。

「何かは何かだよ」

 俺は腹が立ったから、そう吐き捨てる。

「だからねえ、その何かってのは、いったい何だい」

 女々しい調子に、俺はさてはと思った。

「さては、君も随分酔っているな」

「酔ってなんかいないが、その何かは重要な何かだろう。だから、聞いているんだ」

 赤塚は随分と苛立ち、そう言った。

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