一歩先の地面は恐ろしく汚らしく見えた。

 外に出て風を感じた。そして酷い悪寒が襲ってきた。

 アスファルトに嘔吐した。茶色く筋張った物が透明の液体の中を泳いでいた。

 さっきのジャーキーだ。そう思うと愉快でならなかった。

 愉快だから 大声を挙げてみた。

 かすかすと音がする。

 愉快だから笑ってみた。

 やっぱりかすかすと音がした。

 泥のような気分が浮いてきた。

 通学路にあった油の浮いた沼の赤い泥のような気分だった。

 酒を買わないと。

 足が進む。

 なにを呑もう。

 スコッチの重み。

 それともラムの甘さ。

 寒くなってきたから濃いビールも良い。

 そう言えば秋だ。冷やおろしと秋刀魚。

 金木犀が風に香ってる。桂花陳酒だろうか。

 酒を呑まなければならない。

 酒屋はすぐだった。

 冷やおろしも桂花陳酒も濃いビールも置いてなかった。ラムは偽物。しかたないからスコッチにした。スコッチを三種類買った。

 それでも近頃の俺ではまともだった。酒だということ以外考えない俺にしてはまともだった。酒を選ぶだけまともだった。

 店員は鼻を曲げていた。俺が酒臭いからだろう。風呂にも入らず呑んでいるからだろう。それでも俺は酒を買った。酒を呑まなければならないのだ。


 酒飲みが悪いのか、それともその底が用意されている世界がおかしいのか。



 太陽も、風も、人も、俺に中傷を浴びせるのに決まっていた。

 罵倒文句で弱ったところを見て、嘲笑するのに決まっていた。

 やれ髪が長い。やれ汚らしい。やれ臭い。やれ気持ち悪い。やれやれやれ。


 白々しい日の光りが頭を疼かせる。

 連続的な時の狭間に成り立っている様な断続的な生活の時間は、よりその現実と云う境界を曖昧にして、父の許しを乞う聖者の様な心持ちは、どれも欺瞞に満ちているのだと悟る。

 もうやめちまった仕事に頭を悩ませることはできないのだ。

 寝転ぶと額に眼鏡が食い込む。

 暇をして放埒な生活をしている者が、毎朝浸る傲慢さを名指す気分を、聖者だというのだろうか。誰が放蕩息子に豊かな泪を流すというのだろうか。

 初めは優しさに泣いていた人の瞳も、諦めと呆れ切った冷たさを帯びて、関心は無関心に向けられるに違いない。


 勃起した陰部に唾を点けて、擦ってみても、下らなく深刻な考え事のせいで気分が滅入って、途中で萎えて来る。

 それは本人には縁も所縁も無い話で、せいぜいあるのは因業くらいなもので、その結果を全て彼に当てはめるというのであれば、彼の因業の因すらも見なくては成らない。

 その連なりが、なんの縁であるのかは、人の感知する様な事柄ではないのだ。

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