六
ソファの上で亀みたく身体を丸めながら、ズレた眼鏡を直す馬鹿一人、もっともらしい屁の理屈を考えてみても、何かの救いがあるわけでもなしに、只々濁った瞳が座っている。
台風が来る前に、着替えて外に出た。
この南の島の夏の風が、皮膚にへばりつく気持ち悪い湿気を飛ばして、俺をうんざりさせる。
口座から金を降ろし、家賃を払いに行って、また家に吸い込まれた。
風が段々と強く吹いて、俺は腹が減って、カビのはえたレーズンパンは食べられそうにもないから、米を炊いた。米が炊けるまでに、魚を焼いて、みそ汁を作った。焼いた魚が冷えた頃に米は炊けて、出来立てなのにどこか寂しい気持ちに成った。
食後に茶を啜っていると友人が尋ねてきた。嵐の日には思わぬ人が来るものだ。俺にはどうしてもその友人の名前が思い出せなかった。
だがその男はどうも今日はココに泊まっていくのだと云い、勝手に人の家に上がって、勝手に食卓の椅子にキザな仕方で腰掛けた。どうにも名前も顔も思い出す事の出来ないこの男は俺をよく知っている様だし、俺が手前をよく知っている人物であるという風に振る舞った。
「今日は台風だから文句は無いが、こんなじめついた部屋に引きこもって居たんじゃあ、心もカビてくるぜぇ、君。どうだい、今度、また、僕とどこか呑みに行こうじゃあないか。女に困ってるのなら、紹介だってしてやるよ。」
男は唐突にこんな話をし始める。俺の頭は疼き出す。男の調子の良い話なぞ耳には入らない。
「おい、君。僕の話を聞いているのかい」
「ああ」
一寸も聞いていやしない。どうせ、一昨日与太郎仲間で集まって、ワイワイやった時に女がどうしたこうしたという話に決まっている。俺は本を手に取って、ソファに寝転んだ。
「いま調度良いところだろ。どうしたんだい今日は、全く」
「俺は本が読みたいんだ」
「それなら、僕にも考えがある。こんな日は酒に限る。僕が一寸そこまで買いに出るから、半分出してくれ。千円でいいから」
俺は男に千円を渡した。千円を貰って、男は勢い良く家を飛び出した。
俺には分かっている。男は帰らない。俺に千円をたかりにきた、知り合いの知り合いくらいの与太郎に決まっているのだ。そうであれば、名前も顔も思い出せなくて仕方が無い。せいぜい俺のやった千円で今日の晩酌を一人でこなすのだろう。俺は折角読み始めたのだからと、本を読み進めることにした。と言っても洋書というのは読む時には、どうしてもよく分からない単語が出てきて、それが一項に幾つもあるとやるせなく成って、根気よく辞書を引く気にも成れず、ペッペッと読飛ばすしかない。そんな怠惰がいつの間にか俺の心を蝕んで、家の中でゴロゴロと寝転ぶばかりの生活を作り出したのに違いなかった。
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