おわり

 畜生、馬鹿野郎。こんなときに足のヤツは酔っぱらいやがって。そんな事を思いながら、酷い吐き気に襲われ、芋虫の様に床を這い、便所まで行って、ふやけて細切れになった酒臭いチキンラーメンの粕を吹き上げた。少し吐くと、もうさっぱり胃の中は空で、空の胃は喉を通って口から出たがる。調度、デカいドブネズミが狭い穴を這い上がって来るみたいに、胃が迫り上る。が、やはり出られないと分かって、じたばた暴れ回り、腹の壁を引っ掻き回す。

 俺は冷たい便器を枕に現実をボヤかして、悲痛な暢気さを頭に浮かべながら、泪で便器の汚れを洗う。さっき打った節々の痛みと、口から胃の頭までの痛みは、厭に朱色に浮き出している。

 ようやく出来た友達が、ああして消えちまうのは、俺の浅はかな心根のせいなのか。それとも、結局赤塚も他の連中と変わらずに、俺を馬鹿にしに来ただけなのか。そもそも、赤塚なんてヤツは居ないで、全部俺の妄想ならどうだ。酩酊の陽炎。それが正体なら。化生の類いが俺を化かしに来て、酒だけ鱈腹呑んで、それこそ蟒蛇なんかなら笑い話も良いところじゃあねえか。プカプカ煙草を噴かしているのが化生だって言うんなら、その身体も似た様なものに違いない。煙草の菫色の煙と、酒の琥珀色で出来た化け物。そんなのが居たら、一つ俺も成ってみたいものだ。

 そもそも、アイツが酒呑みなら、まあもとより酒の席だけの義理人情。そんなルールに生きているのであって、俺みたいな不義理な人間と全く似た様なものに違いないんだ。そうじゃ無えなら、本当の友達なのに、アイツは不義理に、何も言わずに帰ったってえのか。そうだとしたら、余計に手に負えねえ、糞みたいな不義理者だ。幾ら分俺の酒を呑んで行きやがった。幾ら俺の煙草を吸って行きやがった。そうだ、それも友達だと、一生の友達だと思ったからくれてやったのに、そうじゃ無えなら、せめて金の幾らでも置いて行きやがれってんだ。だいたい、なんでもって俺はあんなヤツを信用したんだ。よく見りゃあよお、一番信用に置けねえのはあんな輩だって、今までの経験でもって見に染みて分かっているのに違いないのに、酔っていたからか。それとも、あの頓珍館事件のせいか。ただ、寂しかっただけなのか。

 馬鹿野郎。糞。畜生。

 それにしても、最期たあどういうわけだ。もしかしたら、出羽国に帰るから、最後だって言いに来ただけかも知れねえ。それなら、実家の住所でも教えてくれりゃあ、賀状でも出してやるのに、あいつは最期だって言いやがった。対酌、対酌。それが友人成らぬ幽人の対酌ならそれこそ、俺を化かにしたってえ話だ。畜生。


                             おわり

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刻を呑む 井内 照子 @being-time

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