この雨は、小説でしか辿り着けない場所で降っている

一文目を読んだ時、ニヤッとしました。
「おいおいおい……傑作を見つけてしまったよ!」と。
そしてそれは、大当たりでした。

物語の舞台はみんな大好き、大正ロマンの香り漂う戦前日本。

柳田国男、折口信夫、南方熊楠といった民俗学者が掘り当ててきたおどろおどろしい農村の民話が現実に存在しており、驚くべきことに、政府がそれらを制御下に置いているという世界観です。

神なる野生と、近代国家の相克。

もうこの時点で、掻き立てられる熱いものがありますよね…

主人公は若き軍人。
国家の武力装置であり、近代社会の暴力と権威を象徴する存在です。

でありながら、彼の生い立ちは『秘級』と称される、信仰と怪異の最深部。
神々の為した奇跡であり、それゆえの悲劇の当事者。

そしてそれゆえの、痛みと愛と、命のかけがえのなさを深く知る、優しい青年です。

この複雑で多層的な人間像を、何一つ無理することなく、雨のように読む者の目に沁み込ませてくるのは、まさに驚異の技!!

冒頭の、印象的な雨の描写があります。

匂い、音、雲の流れまで描き込んだこの小節の、あまりの解像度の高さに惚れ惚れとしていたら、作中、まさに「雨」がカギとなり、何度もリフレインしてくるんです。

多くを語らず、思いを内に秘める主人公の声を雄弁に語りかけてくる、この仕掛け!

あの瞬間、この人の時間は止まってしまったんだなと、いつまでも途切れずに聞こえてくる雨音が教えてきます。

決して立ち直ることなどできない凄まじい痛みを描くからこそ、それを抱えながらもたくさんの若い命を背負って立つことを選んだ、高久という青年のお人好しさとひたむきな高潔さが、眩しいほどに輝く。

すごすぎて、鳥肌が立ちました。

物語とは、物語(プロット)だけではない。

言葉も、そこに立ち現れてくる声も、匂いも、風も、全てが形作るものなのだと、この鍛え抜かれた筆力が語りかけてきます。

小説でしか顕せない表現がある。
小説でしかたどり着けない境地がある。

私たち物書きが筆を執った時、憧れたものが確かに存在することを、この物語は思い出させてくれます。

アホ長くなってしまって恐縮なのですが、さらにもう一押し!
こちらの作品の魅力は、卓越した筆力、構成力、尽きぬ知識だけではありません!

神と国家の狭間、軍という強権的組織の最たる場所で、すり潰されそうになりながらも必死であがく軍人の皆さま!

負けるな…負けるな…! と手に汗握り、あまりに凛々しくカッコいい彼らの姿に、曲がっていた猫背も自然と伸びて、自分の人生を戦う力をもらえます。

あと当然、軍服の美男子と美女がわんさか出てくる。
みんな好きだよね? 知ってるよ…!

透徹。
まさに、その言葉通り。

どこまでも澄んで優しいこの雨に打たれ、熱くなっていく心臓をぜひ、味わってください!

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