第16話

 私と母さんは、村の男衆に囲まれながら、広場に連れてこられた。

 目の前にいる黒いローブの男は、うさんくさい、薄気味悪い笑みをうかべながら、こちらを見ている。


「初めまして。私はマシュー・ホーキンスと申します。

 人々からは、魔女狩り将軍と呼ばれております」


 マシュー・ホーキンスの背後には、十字架があった。そしてその十字架の周囲に、大男が木の枝を積み上げている。

 私を火刑にかけるためだろう。


 私は周囲をみた。村の人々は、私と母さんに氷のような眼差しをあびせかけている。早く焼き殺してしまえと睨みつけている。


 マズイマズイ、早く誤解を解かないと!


「あ、あの! 私、魔女じゃありません!」


 私が叫ぶと、黒いローブの男は、私の身体をねちっこく眺めながらため息をついた。


「はあ、そのウソを、私は今まで何度と聞いたことでしょう。

 魔女は皆そう言う。ま、当然ですよね。バレたら火刑ですものね。

 ですが、私にはわかります。私の白魔術で、あなたのウソを炙り出して差し上げましょう」


 そう言うと、マシュー・ホーキンスは、ローブのすそから、瓶に入った白い岩塩のようなものを取り出した。そうして、それを傍にあった焚き火で炙り出す。


 え? あれって?


 私は背筋が凍った。アレ、覚醒剤だ!

 マシューとか言う男、なんで、あんなもの持っているの?


(聞こえますか? 聞こえますか??)


 え? なに?


(アタシは、あなたの頭の中に直接話しかけています)


 え? ひょっとして。私、もう幻覚作用がはじまっている??


(違う違う! 私はナスカ。はじめまして農業の神様)


(農業の神様だなんて、そんな……恐れ多い……)


(なにってんの、神様はしっかりとジャガイモっていう救世主を連れてきてくれたじゃない。

 それに比べて、あのアホタレはとんでもないクズ野郎を召喚してくれたものね。なにが魔女狩り将軍よ! 人の恐怖に漬け込んで、罪のない人を殺して私服をこやすなんて! 最っっっっっっっっ低!!

 ね、神様、ちょっとだけアタシに身体を貸してくれない?

 あのクソ野郎をギャフンと言わせたいから)


(もちろん、構わないけど……)


 私が答えると、私はいつの間にか宙に浮いていた。

 足元には、目を閉じたナスカと、魔女狩り将軍のマシュー・ホーキンス、そして母さんや村の人たちがいる。


 ナスカは、パチリと目を開くと、開口一番、とんでもないことを言い放った。


「あーら? 随分と出世したじゃない?

 トリニティ・カレッジ一番の雑魚雑魚野郎、マシュー・ホーキンス君!」


 その言葉に、マシュー・ホーキンスは一瞬ピクリとする。が、ニコニコしながらナスカに質問を返した。


「はて、お会いしたことがありましたかな?」


「会ったもなにも、アタシとアンタはトリニティ・カレッジの同窓でしょう?

 もっともアタシは学費が払えなくて退学、あんたはシメオンのレポートを売って破門になっちゃったけどさ。

 カレッジにいた頃は楽しかったよねー。ハイテーブルディナーのたびに、雑魚雑魚野郎のアンタはアタシみたいな小娘にコテンパンにやられて、本気で泣いてたっけぇ?」


 ナスカのまるで機関銃のようなトークに、周囲はざわつき始める。


「と・に・か・く!

 罪のない人を魔女に仕立て上げて村人から金を巻き上げるなんてとんでもない!

 これ以上、トリニティ・カレッジの名声を汚さないでくれるかしら?」


「な! 人聞きの悪い!!

 私が罪のない人を魔女に仕立て上げたって証拠はあるんですか?」


「んなもん、あるわけないじゃない!!

 アンタが魔女に仕立てた人たちは、すぐさま火刑にしてきたんだからさ!

 死人に口無し。そうやって罪のない人の言論を封じ、村を転々として金をまきあげてきたんだろうさ!

 まあ、黒魔術を使ったら魔女ってんなら、アタシは確かに魔女かもしれない。けど、その理屈が成り立つなら、あんたも魔女だよねぇ。

 あんた、マシュー・ホーキンスの身体をのっとった異世界の人間でしょう?」


「なな!」


 ナスカのまるで機関銃のようなトークに、周囲はさらにざわつき始める。

 それにしても、ナスカ、思っていたのと随分とイメージが違う。なんなんだこの全身から溢れ出るメスガキオーラは。

 

「雑魚雑魚のアンタにしては、詐欺の手口が利口すぎるんだよねぇ。それにそのさっきから炙っている謎の薬、それが白魔術??

 ふざけんな! それこそ人体を破壊する黒魔術じゃない!!

 アタシは知ってるんだ。農業の神様に教えてもらって知ってるんだ!!

 あんたが使っているのは『覚醒剤』!

 粘膜から吸収すると、激しい幻覚症状を引き起こす!!

 アンタはその薬を悪用して、魔女に仕立て上げた人たちから、虚偽の証言を掠め取っていたんだ!」


「ななな!」


「白魔術ってんなら、その薬は人体に影響はないでしょう?

 だったら、アンタが先に使ってよ。

 アンタが先にその炙った煙を吸って何にも影響がなかったら、アタシも吸ってやるよ!」


「なななな!」


「ほらほら、遠慮なくグイッと吸っちゃって!

 あれあれ? どうしたのかなぁ? 雑魚雑魚マシューくん?

 ほらどうしたんだい? 吸えよ。吸えって言ってんだろ!!

 とっととしろよ、この異世界クソ野郎!!」


「ど、どうやら、私の思い違いだったようです。

 あなたは魔女ではない。

 わ、私は急用を思い出したので、これで……」


 そう言うと、マシュー・ホーキンスは、助手の女と大男をつれて、そそくさと広場を去っていった。


「え? ちょっと待ってよ!!

 もう終わり? アタシはディベートし足りないよ!

 おいコラ逃げるな! 待ちやがれ!!」


 ナスカは、マシュー・ホーキンスを追いかけようとする。

 しかし、その小さな身体は、赤毛の背の高い男に抱かれた。


「ナスカ! おぉナスカ!! 戻って来てくれたんだね」


 男の名前は、アンディシュ。

 未曾有の飢饉からこの国を救うため、奇跡の食物ジャガイモを迎えに来た男だ。

 アンディシュは泣いていた。ひと目もはばからず大泣きをして、ナスカのちいさな身体を強く強く抱きしめていた。


「……久しぶりアンディシュ。相変わらず体臭がキツいわね」

「おぉ、その口の聞き方! やっぱりナスカだ。おかえりナスカ!!」


 私は、二人の抱擁を宙の上から眺めていた。

 そっか、そりゃそうだよね。

 アンディシュが好きなのは、私じゃないんだもの。中身がおっさんのナスカじゃなくて、生前のナスカなんだもの。


「アンディシュ、久しぶりに会えて嬉しいよ。でもね、アタシはちょっとだけ帰ってきただけなの。農業の神様のピンチに、ほんのちょっとだけ戻ってきただけなの。アタシは、もう天国に帰らなきゃ。さよなら、アンディシュ」


「は? なにを言ってるんだナスカ?」


 アンディシュがとまどうなか、ナスカは、ゆっくりと顔をあげて、宙に浮かんでいる私のことを見た。


「農業の神様、あとはよろしくお願いします。この泣き虫アンデシュのことも」


 そう言うと、ナスカの身体から、もう一人のナスカがフワリとうかびあがっていく。ナスカは再び、天に召されるのだろう。

 そうして入れ替わるように、私は再びナスカの身体の中に入っていった。


「ナスカ!? いやだ! 行かないでくれ!! ナスカ!!」


 ナスカの身体に戻った私は、アンディシュに、きつく、きつく身体を抱きしめられながら、なんとか声をしぼりだした。


「ごめんなさい……ナスカの身体を奪ってしまって……ごめんなさい」




エコバッグと異世界転生。

ジャガイモで飢饉を救ってTS聖女を目指します。


−了−



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エコバッグと異世界転生。ジャガイモで飢饉を救ってTS聖女を目指します。 かなたろー @kanataro_

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