第15話
「母さん、変じゃないかな?」
壁掛けの鏡を見ながら、私は色素の薄い金髪を三つ編みにする。
肩丈で短く切られていた髪は、この三ヶ月で、ようやく胸元まで伸びた。
やっぱりナスカって、そうとうの変わり者だったようだ。
この世界の常識だと、女性はみな、髪を腰近くまで伸ばしている。
「ようやくまともな髪型になったじゃないかい。まぁ、悪くないんじゃないかね?」
ダイニングテーブルに頬杖をついている母さんが返事をする。
口ではそっけない言葉を話す母さんだけど、その表情はおだやかだ。
「母さん、本当に一緒に行かなくていいの?
アンデシュは母さんも一緒に中央にって言ってるのに」
「いいんだよ私は。私はここのひとり暮らしが性に合ってるんだ。まあ、アンタに赤ん坊ができたら、世話を焼きにいってやってもいいがね」
ドンドン! ドンドン!
突然、ドアがノックされた。随分と強く乱暴に叩かれている。
「なんだい、なんだい、この大事な日に」
母さんはめんどくさそうに椅子から立ち上がると、ドアのカンヌキを開けた。
「おはよございますぅ」
「あら? 昨日の……」
ドアの前には黒のローブを羽織った女性がいた。わざとらしい笑顔がなんともうさんくさい。
そして、その背後には、大勢の村人たちの話し声が聞こえてくる。ジャガイモ畑を見ているようだ。
「なんてこった、これが全部毒草なのか!?」
「はい! ベラドンナですぅ!」
「こんなに大量の毒草をなんに使うって言うんだ?」
「さらなる寒冷化を引き起こす、大規模なサバトをするにきまってますぅ」
え? サバト? 寒冷化を引き起こす?? なに言ってるのこの女の人!!
「あ、あのちょっとすみません!
さっきからなに訳のわかんないことを言ってるんですか?
これは毒草なんかじゃありませんよ?
ジャガイモって言う、れっきとした食糧です」
「ええ! 毒草を食べちゃうんですかぁ? コワァイ……」
だめだ。話が通じない。
「もういいです! 今日は忙しいので、帰って頂きますか?」
私はうんざりしてドアを閉めようとする。
でも女は、部屋の中に体をすべりこませて、ドアを閉じることを阻止した。
「なるほど、なるほど、なるほど。あなたは放棄するのですね。せっかく魔女であることを否定できる場を用意したと言うのに?」
「否定できる……場?」
「あなたは魔女ではないんですよね!」
「ええ! もちろん!!」
「ならぜひ先生にご相談ください。先生は白魔術の達人です。もし、あなたが本当に魔女じゃないなら、先生の白魔術があなたの無実を証明してくれるでしょう。
先生は村の広場でお待ちしておりますので、ささ、早く早く、お母様も」
私は、黒いローブを着た女にぐいぐいとひっぱられ、村の広場へと歩いていく。
私と黒いローブの女の周りを、村の男衆がぐるりと囲み、私のことをすごい形相でにらんでいる。
「ああ、やっぱり娘の方が魔女だったんだな」
「中央の大学で黒魔術を学んだってことか」
「こんな小さな村に呪いをかけて、なにが楽しいんだ?」
「早く魔女狩り将軍様に、こいつの正体を暴いてもらわないと!」
村人は、私のことを完全に魔女と疑っているらしい。
え? これって結構マズイんじゃ。
私は、黒いローブの女に手を引かれて中央の広場に連れて行かれた。
「先生、魔女をひったてました!」
「クフ、クフフ。ごくろう。では、さっそく始めましょうか、魔女裁判を」
私は、背中がぞくりとした。寒いからじゃない。
絶望したからだ。
黒いローブを着た男ははっきりと言った。『魔女裁判』と言った。
でもこれはきっと裁判じゃない。この男は、私と母さんにいわれのない理由をつけて、魔女に仕立て上げるつもりなんだ。
私は知っている。私がいた世界と同じなら、魔女裁判は完全なインチキだ。
でも、この裁判から言い逃れる自信はなかった。
あの魔女狩り将軍とかいう男は、入念に準備をしているはずだ。
まず最初に、村のみんなに魔女の存在を信じさせ、村の中で孤立している私と母さんを魔女にしたてあげる。
そうして、なんやかんやと難癖をつけて、魔女の証拠をでっちあげるつもりなんだ。
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