第11話
アンディシュは、白馬を走らし、村を突っきる。程なく、グレーの石とモルタルの、ひと昔前の様式の小さな家が見えてくる。
ナスカは、家の前の畑で土いじりをしている。
ベラドンナに似た、幅の広い青々とした葉と茎を、根元から引きちぎっている。
……何をしているんだ?
土いじりに夢中なんだろう。ナスカは、アンディシュが乗る馬のヒヅメの音にも気がついていない様子だ。
「ナスカ」
「え? アンディシュ? どうして……」
アンディシュが声をかけると、ナスカは頭を上げる。色素が薄く、柔らかな金髪がフワリと舞う。戸惑いの表情を見せるナスカに、アンディシュは自身が訪れた説明をした。
「大学……トリニティ・カレッジの方針でね、ジャガイモの生態調査の為に派遣されたんだ」
アンディシュの言葉を聞いて、ナスカはかおをほころばせる。
「そうなんだ! だったら今、ちょうど芽かきの最中だから、やり方を教えてあげる」
そして、ナスカは、今更のことをアンディシュに尋ねた。
「アンディシュ、馬に乗れるの?」
「え? あ、ああ」
「スゴイ! 王子さまみたい!!」
「王子さまだなんてそんな……」
アンディシュは、照れつつ白馬を降りる。
そしてこのシャイな男はようやくナスカが新調した服の感想を述べた。
「き、君の服も素敵じゃないか」
「えへへ、母さんに仕立てもらったの。似合う……かな?」
そう言いながら、ナスカはその場でクルリと回転する。
腰で縛られた藍色のワンピースは、ふわりと広がり下に履いた肌着を露わにする。そしてその中にあるナスカの細い足がうっすらと透けて見えてしまっている。
アンディシュは、慌てて目を背ける。そして、馬の撫でつつポツポツと呟いた。
「似合ってるよ、すごく」
「えへへ。ありがとう!」
アンディシュはナスカの代わりように戸惑っていた。
その無邪気な笑顔に戸惑っていた。
トリニティ・カレッジに居る時のナスカは、一員であることを示すローブを片時も脱ぐ事はなかった。
男性だらけのカレッジで、ローブは彼女の地位を証明する唯一にして、最大の身分証だった。思えば、ローブと言う名の鎧を纏ったナスカは、常に戦っていたのだと思う。目の前に立ちふさがる全ての理不尽極と。
それに比べて今のナスカの代わり様はどうだ。
流行りの服を褒められて、無邪気に微笑むこの代わり様はどうだ。
『もぐもぐ……なるほど、なるほど。それならナスカ……ああ、今は別人格がやどってるんだっけ? まあ、面倒だからナスカのままでいいや。
もぐもぐ……とにかく、そのナスカに聖女を演じてもらいますか』
トリニティ・カレッジのハイテーブル・ディーナで、リトルリバーがそう呟いた時は何をバカなと思った。が、今、目の前にいる人物は、本当に聖女なのかもしれない……。
純朴な青年と、純朴な少女は、たどたどしい再会の挨拶を終えると、ようらく互いの本来の作業に戻った。
つまりは、ジャガイモの栽培と、そのレポートの作成だ。
ナスカは慣れた手つきで、青々と茂ったジャガイモの葉を掻き分け、その茎を根元から引っこ抜く。なんとも奇妙だ。何故わざわざ育った枝葉を捨て去るのか。
「? 何をしているんだい?」
「芽かきよ。太く育った茎を二本ほど残して、後は抜いてしまうの。こうしないと、大きなジャガイモが育たないから」
「なるほど、なるほど……」
慣れた手つきで芽かきをするナスカの様を、同じくアンディシュが慣れた手つきでスケッチをする。
なんとも奇妙な共同作業だ。
「よしっと。こんなものかな」
「僕もスケッチが完成したよ」
そう言って、アンディシュは、ナスカの姿を描き写した羊皮紙をナスカに見せる。すると、たちどころにナスカの頬が赤らんだ。
「コレが、私??
いくらなんでも美化しすぎていない?」
「え? そうかな? そんな事はないと思うけど……」
アンディシュは、その瞳に正解に映った映像を切り取っていた。
しかし、そこに描かれていたのは、憂いの目で生命の剪定を行う、聖女そのものだった。
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